『週刊ダイヤモンド』2015年2月7日号の巻頭特集は、「世界を揺るがす原油安 超入門」。原油価格の急落が世界の政治経済に大きなインパクトを与えていますが、ここでは、油価急落の背景にある世界のエネルギー地図の大激変についてお届けします。

 昨年暮れの出来事だった。エネルギー関連会社の社長は、密輸されたとみられるナイジェリア産の原油を買わないかと、ある外国人ブローカーから持ち掛けられた。

 丁重にお断りしたそうだが、「欧州ではよくあるらしいけど、日本にまで来るとはね。それだけ原油が余っているわけだから、原油の価格が急落するのも仕方ないのかもね」。社長はボソリと言った。

 原油の価格が急落している。昨年半ばに1バレル100ドルを超えていた原油価格は、足元で40ドル台半ばと半値以下にまで落ち込んでしまった。

 原油価格はなぜ、それほどまでに急降下したのだろう。

 一つには世界的な需要鈍化がある。欧州の景気低迷に加え、中国をはじめとする新興国も景気の減速懸念が強まっている。

 国際通貨基金(IMF)が1月20日に発表した世界経済見通しでは、世界全体の成長率が3.5%となったが、昨年10月時点から0.3ポイント引き下げられた。ユーロ圏やロシア、中国で軒並み、景気が伸び悩んでいるためだという。

 ただし、油価下落の最大の要因は需要鈍化とは別にある。

 2010年ごろから米国で本格化したシェール革命(詳細は31㌻参照)による大増産で、世界のエネルギー地図が完全に塗り替えられてしまったからだ。米国のシェールオイル量は、10年足らずで10倍にもなった。

 原油の純輸入国だった米国がいまや、産出国として世界一の座に躍り出るまでになったのだ。14年の非OPEC諸国による石油生産量は前年から、日量で180万バレルも増加。このうち、実に80%の140万バレルが米国における生産、つまりシェールオイルの増産によるものだという。シェールオイルの生産量は、日量でOPEC全体の生産量の15%に相当するまで膨らんでいる。

 それはまさに新たな市場の〝創造〟といえた。需要の伸びをはるかに上回って供給が伸びているわけだから、原油はだぶつき、価格が下がるのは当然だろう。

 さらに、産油国同士のカルテルの〝崩壊〟が原油価格の急落を決定付けた

 シェールオイルの大増産で供給量が増えたとしても、中東を中心とした産油国12カ国でつくるOPECが生産調整で減産して、需給を調整すれば、価格の下落に歯止めをかけることはできた。

 しかし、そうはならなかった。昨年11月に行われたOPECの総会で、サウジアラビアの主導によって減産の見送りが決定したのだ。

 市場関係者はこれまでOPECに対して、油価急落時には緊急総会を開催し、価格維持のために減産に踏み切るとのイメージを持っていたが、「今回、OPECはその調整機能を自ら放棄したわけで、市場からの信頼を完全に失った」(総合商社の石油トレーダー)。

 その結果、原油相場の底が抜けてしまい、OPEC総会での減産見送り以降、原油価格は見る見る転がり落ちていった。

「事実上、OPECのカルテルは崩壊してしまった」(エネルギーアナリスト)

 減産が実現しなければ、価格の本格的な反転は難しいとみられる。しかし、OPECのパドリ事務局長はOPEC加盟国と非加盟国が減産を協議する可能性について、「目先にはそうした計画はない」と海外メディアで断言している。

 これまでの常識が通用しなくなった〝新世界〟で、しばらくは混乱が続きそうだ。カルテルの「崩壊」と市場の「創造」によってもたらされた原油安は、さまざまな危機へと連鎖しながら、世界の政治と経済を混沌の渦へと巻き込んでいく。その舞台裏をさまざまな角度から徹底検証する。