遺伝子の特許をめぐり
世界各地で訴訟が始まる

 たとえばオーストラリアでは、乳がんと卵巣がんの生存者であるイボンヌ•ダーシー(Yvonne D’Arcy)さんやがん患者支援団体(Cancer Voices Australia)が、ミリアド社を相手取って米国と同様の訴訟を起こしました。米最高裁判所の判事が全員一致で「自然界に存在するDNA断片は天然物であり、単離されているという理由のみでは特許対象とはならない」という判決を下したのと同じ2013年に、オーストラリア連邦裁判所は「特許の対象である」という逆の判決を下しました。この判決は控訴され、今年中には高等裁判所において最終判決が下される予定です。

http://www.smh.com.au/national/health/mutation-of-breast-cancer-gene-can-be-patented-says-federal-court-20140905-10ckfp.html

http://blog.patentology.com.au/2015/02/high-court-will-hear-appeal-in-myriad.html

 また、カナダでは2014年11月、オンタリオ東部にある小児病院 (Children's Hospital of Eastern Ontario:CHEO)は、米国ユタ大学などに対して、訴訟を起こしました。論争の的となっているのは、QT延長症候群に関連付けられる遺伝子です。QT延長症候群は遺伝性の病気です。突然脈が乱れて、立ちくらみや意識を失う発作がおこり、生命を脅かすこともあります。適切な遺伝子検査や治療を行わないと、急死の原因になります。

 米国ではユタ大学が1997年に、 米国でのQT延長症候群の原因となる遺伝子に関する特許を取得しています。そして、米国の会社が遺伝子検査のライセンスを取得した当初、遺伝子検査はまだ確立されていませんでしたが、関連する研究に他の企業や研究所が従事するのを阻まれることになりました。というのは、QT延長症候群の検査を提供していた別の研究所を、企業が特許侵害で訴えたからです。この特許紛争の期間中、米国の医師らは遺伝子変異を有する疑いのある患者の遺伝子検査ができず、効果的な予防・治療の開発は行われませんでした。そして悲劇が起こります。10歳のアメリカ人の女の子が、診断されていないQT延長症候群で死亡したのです。

 その後、2013年の最高裁判所の判決により、米国内ではBRCA遺伝子、QT延長症候群の原因となる遺伝子など、すべての自然に存在する遺伝子の特許は無効になりました。前回の記事で、米国ではかつて20%の遺伝子は他人や企業の所有であったことを話題にしましたが、今では誰の所有物でもありません。ただし、米国の企業や大学が持つ多くの特許は今も、海外で保持されています。このため現在、米国内では6つの研究所でQT延長症候群の検査実地が可能ですが、特許が保持されているカナダにおいては米国にサンプルを送って検査してもらう必要があり、その費用は4000ドル以上にのぼります。

https://www.aclu.org/blog/womens-rights/fight-take-back-our-genes-moves-canada

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3021512/