うまくいかないコミュニケーションのほうが<br />学びは大きい岸見一郎(きしみ・いちろう)
哲学者。1956年京都生まれ。京都在住。高校生の頃から哲学を志し、大学進学後は先生の自宅にたびたび押しかけては議論をふっかける。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学(西洋古代哲学、特にプラトン哲学)と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。精力的にアドラー心理学や古代哲学の執筆・講演活動、そして精神科医院などで多くの“青年”のカウンセリングを行う。日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問。訳書にアルフレッド・アドラーの『個人心理学講義』(アルテ)、『人はなぜ神経症になるのか』(春秋社)、著書に『嫌われる勇気』(古賀史健氏との共著、ダイヤモンド社)、『アドラー心理学入門』『アドラー心理学実践入門』(以上、ベストセラーズ)』、『アドラー 人生を生き抜く心理学』(日本放送出版協会)などがある。

岸見 僕もそうですよ。こういう対談も緊張しますし、とくに初対面の人と話す一対一のカウンセリングでは、緊張して最初の10分や20分、会話がしどろもどろになることも珍しくない。そんな話下手な自分が、カウンセリングをしたり、教壇や人前に立って話していいのだろうか、と思っていたときにこの本を読んだので、勇気づけられました。吉田さんも、人と会うたびに緊張するし、どちらかというと話が得意じゃなかったんですね。

吉田 ずっと「こんなつまらない話しかできなくて大丈夫かな」と思って、生きてきました。

岸見 逆に言えば、自分の話の内容とか、話し方にこだわりがあるから、余計に切磋琢磨して、「よりうまく話そう」という努力をされてこられたのですね。

吉田 そうかもしれません。人前で話すことに慣れていないと、心にもないことを言っちゃうときがあるんですね。それが嫌で仕方なくて、でも自分の話すスキルが低いから、なかなか改善できなかった。

岸見 ほう。

吉田 よく、司会者が番組の最後に、ゲストの人に「がんばってください」と言って終わりますよね。あれを聞くたびに「人ごとじゃん!」と思って、すごく嫌だな、って思ってたんです。でもいざ自分で本番に臨むと、ちょっと手を抜くとつい「がんばってください」と言ってしまうんですね。それが嫌で、何度も落ち込みました。

岸見 話が得意な人って、そういうことで落ち込まないのでしょうね。聞く人に自分の話がどう受け止められたか、関係なしにどんどん喋るのだと思います。カウンセリングに来る人には、話が上手な方は、まずいないですね。人前で話してもまったく緊張しない、というタイプの人はほとんど来ません。

吉田 話上手で、初対面の知らない人ともスムーズに会話できる人は、あまりコミュニケーションに悩みを抱えないでしょうしね。

岸見 会話に緊張するタイプの人は、一つ一つの言葉を、ものすごく意識します。でもそれは悪いことばかりではないのです。同じように緊張する人にとっては、安心できる話し相手になりうる。それは「この人なら、自分の話をよくわかってくれるだろう」という安心感が持てるからです。僕自身、カウンセリングをするときは「あまり上手に話をしないようにしよう」と思っています。

吉田 そうなんですか!

岸見 僕の話が上手かったら、相手の気持ちがわからないと思うのです。相手も、僕が口ベタなのを目の前で見て、安心するのです。

吉田 その安心って、どういうメカニズムなんでしょうか。

岸見 自分の言葉が、相手にどんなふうに受け止められるか、過剰に意識せずに済むからでしょう。ふだんは「こんな話をしたらバカにされるんじゃないか」「自分の評価が下がるんじゃないか」と気にしてばかりなのに、「この場ではそういう気を遣わなくていいんだ」と思えば安心できる。そういう空気にするには、僕が話し上手であってはいけないのです。

吉田 失礼ですが、先生も「コミュ障」のお一人であられたんですね……。

岸見 そうです。今では、話をしている自分を、過剰に意識することはなくなりました。患者さんに「私もかつてはあなたと同じように、人との会話が苦手でしたが、今ではだいぶ克服できました」と伝えることが、とても大切です。

吉田 どの業界でもトップ営業マンは、しゃべりが上手い人ではなく、どちらかというとオドオドしている感じの人だって言いますよね。

岸見 立板に水で、流暢に話をするセールスマンって、何か信用できませんよね。「上手に話ができなくていいんだ」というところから出発すると、ずいぶん気が楽になりますよ。