狙うは「ニッチ」か「マス」か?
新しいスタンダードを作るということ

吉里:僕らの場合、ルールではないけれど、物件を選ぶ基準や全体として載せるにふさわしい物件、ふさわしくない物件というものは、スタッフ全員が「なんとなく」共通概念を持っているんですね。結果としてそれが担保になっていると思います。その基準は、まずは「扱いたい物件」であるかどうかということ。

【東京R不動産×ほぼ日対談】<br />ビジネスと面白さを両立させる仕掛けとは?吉里裕也(よしざと・ひろや)
株式会社スピーク共同代表/「東京R不動産」ディレクター。株式会社スペースデザインを経て独立。「東京R不動産」の運営・展開のリーダーシップをとるとともに、建築・デザイン・不動産・マーケティング等を包括的に扱うディレクターとして多くのプロジェクトを推進している。

 ただ営業なので、一方ではちゃんと成約率の高い物件という視点も持っているので、単に好きだからお金にならなくていいという方向に陥ることなく、バランスがとれていると思います。

篠田:扱う物件に関しては、『だから、僕らはこの働き方を選んだ』の中で、「ニッチである」ということは個性であると書かれていましたよね。あれも印象的でした。

 実は、ほぼ日は「ニッチ」はイヤなんですね。あくまでも、マスを狙っています。もちろん一つひとつのコンテンツや商品には、ごく少数の人にだけ喜ばれる「ニッチ」なものもあるかもしれないけれど、それは数ある品ぞろえの一部であって、全体としてはマスでありたいわけです。東京R不動産の「ニッチ」とはなんでしょうか?文脈からは決して、マニアックでいいというようには感じられませんでしたが。

:単に「最大公約数」や「平均」をやりたくないだけです。例えば、大手の不動産サイトであれば、「駅近で使える路線が多くて……」など、より多くの人の要望にマッチングしやすい物件を多く扱ったほうが成約しやすくて得だと考えると思うんですね。

 でも、不動産というのは、実際には一人ひとりにいろんな事情があって、いろんなニーズがあるだろうと。そのそれぞれの人たちに対して、向き合っていたいんです。結果的にはある意味「ニッチ」です。世の中の何千万人の人たちが欲しいマンションを平均して出してみたり、全部を見せるための場作りをしてしまうと、結局、大手の不動産サイトのようになってしまう。

 僕らは平均化するという最大公約数のやり方ではなく、堂々とニッチでやっていくことが大事だと思っています。一人ひとりに合わせた家選びでいいと思っています。ただし、スタンダード志向も強いんです。僕らが好きなことを、できる限りスタンダードにしていきたいという欲望もあります。

【東京R不動産×ほぼ日対談】<br />ビジネスと面白さを両立させる仕掛けとは?篠田真貴子(しのだ・まきこ)
米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大修士。日本長期信用銀行、マッキンゼー・アンド・カンパニーなどを経て、2008年に東京糸井重里事務所に入社。取締役CFOとして、管理部門、事業計画、経営企画のような仕事を組み立て中。

篠田:ほぼ日の「マス」と、東京R不動産の「スタンダード」は近いのかもしれませんね。ほぼ日では老若男女、国籍問わず、人はこういうものをうれしいと思うだろうとか、こういうものに心が動かされるだろうというものを追求したいという気持ちがあります。平均化されたものではなくても、万人に通じるようにしたいという野望があるというか。

吉里:それはすごく分かります。ただ、僕らの場合、扱っているものが不動産、建築、住宅というフィールド。本来、住宅にはマスはありえないと思っているんです。これまでの日本では、そういうやり方でやってきている不動産屋ばかりですが、それに対するアンチテーゼもあるんです。

 不動産は一対一で相思相愛ならそれでハッピーなはずです。100人が8割満足するより、1人が110%満足する。そういうあり方のほうが幸せです。そのために、東京R不動産では扱うものを多様化させることが目的化されています。だから、東京R不動産で扱うものは、ニッチの集積ということになると思います。

篠田:集積範囲が広くなり、一対一のやり方がスタンダードになることが目的ですか?

吉里:僕らは人と空間をつなげる方法や多様性を包含する価値観をスタンダードにしたいんです。例えば、東京R不動産で提示する選び方、検索の仕方一つにも表れていると思います。今までの選び方は、例えば、「沿線」「地域」「予算」「築年数」などから選んでいくようになっていると思いますが、そこには違和感を感じています。そうではなく「一人ひとりのこだわりの空間」が見つかるようにして、そういう選び方がスタンダードになるようにしたいわけです。