橘玲の日々刻々 2015年4月13日

シンガポール、リー・クアンユー初代首相死去で
アジアの「英雄の時代」が終わった
[橘玲の日々刻々]

 リー・クアンユー元シンガポール首相が91歳で生涯を終えました。これで、アジアの「英雄の時代」が完全に幕を下ろしました。

 明治維新によって近代国家への道を踏み出した日本に対して、アジアの国々は(タイを除けば)ずっと植民地か半植民地でした。第二次世界大戦が終わってようやく民族自決の権利が認められ、独立が可能になったのです。

 毛沢東、蒋介石、ガンジー、スカルノ、金日成、ホー・チ・ミンなど、毀誉褒貶はあるでしょうが、この時期に「建国の英雄」たちが続々と現われました。中国や韓国・朝鮮は日本より長い歴史を持っていますが、近代国家になってからは70年しか経っていない“若い”国なのです――これが、日本と近隣諸国との「ナショナリズム」が食いちがう理由のひとつでしょう。

 そのなかでも東南アジアは、政治的な理由から建国が遅れました。インドネシアがオランダから独立を果たしたのが1949年、シンガポールがマレーシアから分離したのが1965年、米軍がベトナムから撤退して南北が統一されたのが1976年です。こうした建国神話の主役のなかでもリー・クアンユーは際立って若く、シンガポール独立のときはまだ41歳でした。

 31歳で人民行動党を創設したリーは、35歳でイギリス統治下の自治政府の初代首相となり、独立とともにマレーシアと合併します。しかし多数派のマレー人とゆたかな華人との対立が激しくなり、大規模な民族暴動が起きたことから、シンガポールはマレーシアから追放されてしまいます。「建国」は、リーが望んだものではありませんでした。

 シンガポールはマレー半島の先端にある小さな島で、水やエネルギー、食糧などすべてをマレーシアに依存していました。これから国民が耐えなくてはならない多くの苦難を思って、「独立宣言」のときにリーが涙を流したことはよく知られています。

 豆粒のような国が生き延びるために、リーは国民を厳しく叱咤しました。なにひとつ資源がないのですから、頼るべきは国民の創意工夫しかありません。こうして英語を公用語とし、教育を重視し、汚職や犯罪に厳罰を科す独特の国づくりが始まったのです。

 シンガポール経済は軽工業と観光業からスタートし、その後、タックスヘイヴン政策によって香港と並ぶアジアの金融センターとして発展したことで、一人あたりGDPでは日本(3万8468ドル)を大きく上回る5万5182ドルと、アジアでもっともゆたかな国になりました(世界8位/2013年)。

 リーの政治哲学は、賢人が大衆を率いる中国の伝統的な士大夫主義で、その成功が中国の改革開放政策のモデルとなりました。表現の自由が制限されているなどの批判もありますが、国連の「世界幸福度報告」でもアジア最高の30位で、日本(43位)よりずっと「幸福」な国です。

 植民地主義は過去のものとなり、アジアの建国の時代も終わりました。私たちはもう二度とリーのような「英雄」を見ることはなく、歴史はどんどんつまらなくなっていきます――それはおそらく、よいことなのでしょうが。

『週刊プレイボーイ』2015年4月6日発売号に掲載

 

 
<橘 玲(たちばな あきら)>

 作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(以上ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、政治体制、経済、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ最新刊 『橘玲の中国私論』が発売中。
DPM(ダイヤモンド・プレミアム・メールマガジン)にて
橘玲『世の中の仕組みと人生のデザインを配信開始!(20日間無料体験中) 


橘玲の書籍&メルマガのご紹介
世の中(世界)はどんな仕組みで動いているのだろう。そのなかで私たちは、どのように自分や家族の人生を設計(デザイン)していけばいいのだろうか。
経済、社会から国際問題、自己啓発まで、様々な視点から「いまをいかに生きるか」を考えていきます。質問も随時受け付けます。
「世の中の仕組みと人生のデザイン」 詳しくは
こちら!
橘 玲の『世の中の仕組みと人生のデザイン』 『橘玲の中国私論』好評発売中!

バックナンバー

»関連記事一覧を見る

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。