米国債は、繁栄する米国の象徴である。

 比類なき国力を背景に、信用度は図抜けており、流動性はきわめて高い。各国政府がドル建て外貨準備の主要投資先として大量に購入し、その吸引力で米国は経常赤字を埋めることができる。一方で、米国債の金利は長期金利の世界的指標、つまり基準値である。したがって、米国債の格付けが最上のトリプルAであることは、侵されざる当然の地位だった。

 だが、その“不倒神話”を疑うものが少しずつ増えている。

 世界的金融危機を引き起こした責めを負い、金融システム救済と実体経済悪化を食い止めるために、米国は膨大な財政支出から逃れられない。その広がりは、まだ際限ない。どれほどの金融機関を救えばいいのか、もはや恐竜のごとき自動車ビッグスリーにどれほどの資金をつぎ込めば助けられるのか。どれだけ、橋や高速道路を作れば――オバマ新大統領は大規模な公共事業の必要性を言明している――、失業率は低下するのか。

 2008会計年度の財政赤字は4380億ドルであり、2009年度は1兆ドルを超えると見られる。金融危機、景気後退から脱出すべく、手を打てば打つほど財政赤字が拡大し、ドルの信認が揺らぎかねないというトレードオフに陥っている。

 現在起きている混乱が、いつどのように収束するのかは分からない。だが、一つだけ分かっているのは、このコラムで何度か述べたように、混乱が収束した後の米国は、金融産業の成長停滞によって、潜在成長率が落ちるだろうことだ。

 他方、格付けとは当該債券発行機関の債務支払い能力、すなわち信用リスクを表している。

 となれば、大量に国債を発行して借金を重ねていく一方で、今後、潜在成長率を低下させざるをえない米国の債務支払い能力を、これまでと同等に高く評価していいのだろうか、という疑問が湧いても不思議はない。実際、「米国経済の実態を直視すれば、米国債がトリプルAから格下げされても不思議ではない」という日本の金融当局、金融機関幹部は、決して少なくない。

 彼らの「米国経済の実態を直視すれば」という注釈には、格付け会社の判断に政治的要素が入り込んでいる、もっと言えば、米国の格付け会社であるスタンダード&プアーズやムーデイーズが自国の政府に弓を引くようなまねができるのか、という疑念が混じっている。

 実際、格付け会社の中立性に対する信頼は、今、大きく揺らいでいる。リスクの高いサブプライム関連の証券化商品に投資適格の高い格付けをしていただけでなく、証券化商品を組成する金融機関に、格付けを高くするためのアドバイスをしていたとされる。11月15日に閉幕したG20金融サミットで、EUは格付け会社に厳格な規制適用を迫った。