>>(上)より続く

 この時点で、すでに岡安の心は男に取り込まれていた。それほどに、会社でのことや子どもがいないことに空しさを感じていた。子どもがいないと、幸福にはなれないと信じ込む。

 義理の母から、子どもがいないことが「不憫だ」と言われると、数日間は全身の力が抜けていく。特に「子どもができないのは、男である自分に問題があるかのように言われると、死にたくなる」と漏らす。

 あるべき自己像が崩れることが、怖かったという。結婚6年目になると、妻は、盛んに「子どもがいないなんて、もう耐えられない。気がおかしくなる」と繰り返す。そうした経緯のなかで、岡安は昨年から妻と男のもとへ通うようになった。

「聞いていない」「話が理解できない」
会社で部長から執拗に攻撃されて

 足もとで岡安には、新たな悩みが生まれていた。現在の上司である部長からの「攻撃」だ。虐待に近いのだという。仕事の報告をしているにもかかわらず、「聞いていない」と皆の前で叱られる。ご機嫌をとり相談をすると、「君の話の意味が理解できない」と軽くあしらわれる。

 ところが部長は、他の社員には丁寧に接する。自分とはまるで違うのだという。最も腹だたしいのは、部長のミスでありながら責任転嫁されることだという。トラブルがあると、部長には「もっと早く報告をしてくれていたなら……」「課長ならば、そのくらいのことを素早くできるはずなのに……」と大きな声で言われる。しかも、そのトラブルをわざわざ他の管理職などに伝える。

 だが、岡安は反抗しない。黙々と黙って仕事をする。周囲の社員には、ここまでされても耐え抜く岡安の態度は異様に見えるらしい。

 部長は50代前半。名門私立大学の付属から大学に進み、親のコネクションで入社したと噂される。実は、そのプロフィールは岡安に似ている。似ているからこそ、憎しみ合うのかもしれない。