構造改革を経て多くの日本企業が過去最高益を記録している。とはいえ、未来に目を向ければ「持続的成長の実現」は依然として大きな課題だ。そして、持続的成長を可能にする鍵は、時代を先取りして自らが変革し続けることができるかどうか、すなわち組織の「自己変革力」である。
多数の企業変革に関わってきたデロイト トーマツ コンサルティング パートナーの松江英夫が、経営の最前線で果敢に挑み続ける経営トップとの対談を通じ、持続的成長に向けて日本企業に求められる経営アジェンダと変革の秘訣を解き明かす。
連載11回目は、J.フロント リテイリング相談役・奥田務氏に、激動する時代を生き抜くために必要な経営者としての時間軸について聞いた。

【経営の時間軸】
経営者は「今」と「将来」のバランスを見ながら手を打て!

松江 200年、300年と持続している企業はどんな特長があり、なぜ長期間、発展してこられたのか。長い歴史を持つ大丸時代から約25年間もトップとして企業を率いるにあたって、どのようなことを考えてこられたのでしょうか。

長寿企業に時を超えて脈々と流れる<br />持続的成長の遺伝子奥田務(おくだ・つとむ)
J.フロント リテイリング相談役、前会長兼CEO。慶應義塾大学卒業後、1964年大丸に入社。大丸オーストラリア代表取締役などを経て、1997年に大丸代表取締役に就任。2007年9月の松坂屋グループとの経営統合を主導し、統合後発足したJ.フロント リテイリングの代表取締役社長兼CEOに就任した。元トヨタ自動車社長・会長で、元日本経団連会長を歴任した奥田碩氏は実兄。

奥田 経営者が社員と違う点は、短期と中長期のバランスを取れるところです。現場に近づけば近づくほど短期的に見ざるを得ません。経営者も中長期ばかり追いかけて、「今」をおろそかにしたら駄目です。ギリシャの哲学者が星空を見て歩いていて、目の前の穴に落ちて死んでしまった話がありますが、基本的に経営者は「今、利益が出ているのか」を考えると同時に「将来に対して今からどう手を打っていくのか」の2つのバランスを考える必要があります。

 足元が固まらないと将来の夢も吹っ飛びます。現実に利益を出さない経営は成り立たない。だから、とりあえず今はしっかり押さえていきながら、それプラスアルファの将来をどうやって見ていくかの2つの組み合わせのバランスが経営者にとって重要です。だから経営者のウェイトとして「現状6、将来4」位で将来を見て手を打っていく。この2つがないと中長期的に企業の成長は難しい。これをできるのは唯一、経営者です。

松江 将来を見通し、判断を続けていかなければいけないのは、本当に難しい仕事だと思います。

奥田 「イノベーションのジレンマ」で知られるクレイトン・クリステンセンの本にあるのですが、そこでは、大企業は改善を繰り返すけれども、従来の延長線上に需要があるとはかぎらないので改善を繰り返すこと自体が弱点になる、と言っている。同時に、新しい価値基準が生まれ、従来製品よりも優れた特長を持つ商品やサービスが出てきている。いわゆる「破壊的イノベーション」のとんでもない大きな波のうねりが外で起こっている。こうしたことを従業員は見ることはできないので、経営者が見る必要があると思います。

 だからクリステンセンの本は示唆に富んでいて、現時点の改善だけでは対処できないようなとんでもない潮流が起こってくる。特にこれは21世紀の特質だと思うんですが、「それに向かって手を打っておきなさい」というのが経営者の責任ではないでしょうか。とても難しいですけどね。