橘玲の日々刻々 2015年6月2日

「平和真理教」にしがみつく支離滅裂なひとびと
[橘玲の日々刻々]

 オウム真理教の信者はなぜ脱会しないのか。ほとんどのひとは、洗脳が解けていないからだとこたえるでしょう。しかし地下鉄サリン事件から20年もたって、いまだに獄中の(それも明らかに精神を病んだ)教祖の言葉を信じつづけられるものでしょうか。

 ひとは無意識のうちに、自分の選択を正当化しようとします。些細な間違いならすぐに修正できるでしょう。しかしそれがきわめて大きな過ちで、もう取り返しがつかないのなら、事実を直視するのは自分で自分を否定するのと同じことになってしまいます。

 こういうときひとは、全身全霊で過去の選択を擁護しようとします。しかも始末の悪いことに、それがたんなる自己正当化であることすら否認するのです。

 オウム真理教の信者は超能力や精神世界を信じる真面目な若者たちで、家庭や職業を捨て、資産のすべてを教団に譲渡し、周囲の強い反対を押し切って入信しています。それが、教祖はいかさま師で教団はテログループだったのですから、その衝撃は想像を絶するものでしょう。これほどまでに失ったものが大きいと、過ちを認めてやり直すより、教団にとどまって狂信に身を委ねることが合理的な選択になってしまうのです。

 安全保障関連法案をめぐる議論を見ていると、オウム真理教の信者たちをつい思い出してしまいます。

 この問題の本質は、日本国が自衛隊という巨大な“暴力装置”を保有しながらも、その存在を憲法に規定していないことにあります。その結果、憲法とは無関係に自衛隊関連法案をつくり、軍を管理する不安定な状態がつづいています。これはリベラルデモクラシーの常識ではあり得ない事態で、法律さえ変えれば、権力者は軍をどのように使うこともできてしまいます。

 戦前までの憲法では、軍は議会や政府から独立した天皇の私兵でした。日本軍は満州や沖縄で日本人を見捨て戦力を温存しましたが、これは軍の目的が「国体(皇室)」を守ることで国民の保護ではなかったからです。

 その反省を踏まえるならば、リベラルこそが真っ先に不完全な憲法の改正を主張し、自衛隊を「市民の軍隊」として完全な法の支配の下に置くことを求めなければなりませんでした。しかし残念なことに、“リベラルな知識人”と呼ばれたひとたちは戦後ずっと、欠陥のある憲法の条文を「不磨の大典」として崇め奉って触れることすら許さなかったのです。

 自衛隊は海外では「軍」として扱われますから、紛争地域などで他国の軍と行動を共にする機会が増えれば矛盾が顕在化してくるのは当然です。その結果、安倍政権の下でご都合主義的な憲法解釈の変更が行なわれているのですが、これではますます自衛隊の存在が曖昧になってしまいます。

 いまにして思えば、“リベラル”の最初の過ちは「戦争放棄」といっしょに国家の自衛権まで放棄してしまったことです。これは荒唐無稽な空理空論ですが、それを認めると「保守派」や「右翼」の批判が正しかったということになってしまいます。

 そんな屈辱を味わうくらいなら、どれほど支離滅裂でも「平和真理教」にしがみつくほうがマシだと、自分で自分を洗脳するようになってしまったのでしょう。

『週刊プレイボーイ』2015年5月25日発売号に掲載
 

<橘 玲(たちばな あきら)>

 作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、政治体制、経済、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ最新刊 『橘玲の中国私論』が発売中。
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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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