自己肯定感が最も大切

 農スクールは、農作業を通して農業に関する知識や経験を提供する場ですが、就職するうえで一番大切なのは、自己肯定感だと言います。

「農作業を通して心を開き、この場を居場所にしてもらうのはいいのですが、最終的には就職し、ここから出ていかなくてはなりません。その時に自分の中に自信や温かさがあれば、精神的に他人に依存せずに自立できます。心理的居場所は最終的には『自分』。だからこそ、自分としっかり向き合い、自分を認めることによる自己肯定感が大切なんです」

 参加者の中には、自己肯定感を脅かされる人生を送ってきた人が多いそうです。「以前、農家さんから『おまえなんかいらない』などと言われ、来なくなってしまった人がいました。『この世にいらない人はいない。雑草だって1本1本意味があってそこに生えている。世界中の人からいらないと言われても、俺が俺を必要としてる、って言えばいい』と話したら、『生まれて初めてそんなふうに言われた』と大泣きされてしまいました」

 一方、就職先の農家の方々には、人情の厚い人が多い反面、家族経営が中心のためか、従業員にもつい自分の子どもに接するように乱暴な口調で接してしまう、といった面もあるようで、「『今の時代、会社では上司が新入社員に気を使って、怒らず優しく諭す時代らしいですよ』なんてやんわり伝えるんです」と苦笑します。

失敗した人にもチャンスを

 事業を始めてみたら、貧困、失業、ホームレス、生活保護など次々と重い課題を突きつけられ、「日本ってこんな国だったんだっけ?これはパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない……」と、衝撃を受けることばかりだったという小島さんですが、「私はお米のつくり方は教えることができるけど、おにぎりをあげることはできません。農スクールは全ての人を自立までお手伝いする事業ではありません。でも、本気で立ち上がろうとしているのに、その方法がわからないだけでチャンスを奪われる、というのは嫌なんです。それに人手があれば農家も助かるのに、もったいないな、って。だから、本気で立ち上がりたい人の背中を少し押してあげるような事業だと思っています」

 そして、何よりも人が変わっていくところが見られるのが嬉しい、と言います。「何がきっかけで変わっていくのかは人それぞれでわかりません。ただ、普通の人より変わるのが難しい環境の人なので、投げるボールをいっぱい用意しておいて、どれかが的に当たるかもしれない、と思ってやっています」 

 たとえば農スクールでは、高校を卒業してからまだ一度も社会に出て働いたことがない20代前半の男性が働いています。ひとつのことをとことん完璧にやろうとするあまり急かされるのが苦手で、周囲と馴染めないと感じていた男性。そんな彼も2014年から農スクールに通い始めてからは、農作業の楽しさにはまり、頑張って働き続けているといいます。

「とにかく真面目なんですね。スタート時間より1時間も早くやってきてスタンバイしているし、作業でも手抜きをしない。大きな身体をまるめ、何時間も黙々と雑草を抜いています」。

 見学にやってきた農家がこの姿を見て感動し、うちで働かないかとスカウトしてきたときは、自分のことのように誇らしく、嬉しさがこみあげてきた、と小島さんは振り返ります。

 一口に元ホームレスやニートと言っても、その境遇も、抱える問題も千差万別です。中には想像を絶するほど重く辛い過去を持つ参加者もいます。それでも「もう一度働きたい」と参加者たちがここで再生・再挑戦のための一歩を踏み出そうとするのは、小島さんの粘り強い熱意と共に、大地にしっかり根を張って力強く育つ畑が持つ生命力にあるのかもしれません。