「会社に来ても仕事がない…」時短女性のジレンマ4時半に帰宅する女性たちの知られざる苦悩とは?

「お先に失礼します」

 午後4時35分。近藤めぐみは、そっと立ち上がった。近藤の職場は、夕方になると、なぜか活気づくような気がする。外回りの者が帰社するからだろうか。書類を書く者、雑談する者、営業の様子を報告する者、会話でざわざわする机の間を抜けて外に出る。

 駅への道を急ぎながら、近藤はため息をついた。今日は、他部署からの相談を数件受け、課内で来月の定例資料の打ち合わせをして終わった。毎日、困ったこともないが、やりがいもない。仕事は時間内に楽々終わってしまう。「必要なのかな、私…。主任と名乗っているのに、これでいいのかな。来月の異動希望調査、何か書いた方がいいかな…」

 とはいえ、4時半に帰れるのはありがたかった。近藤は、大手総合電機メーカーでソフトウェア開発を担当して9年目。自分でも、がんばって働いてきたと思う。おかげで2年前に主任になったが、その後すぐに産休を取り、娘を出産した。それまでは時間など気にせず働いてきたので、育児もしながら仕事を続けられるだろうかと迷ったが、ちょうどその頃、職場では出産後復帰する女性が多数派になりつつあった。先輩からは復帰を勧められ、短時間勤務制度もあることだし、と時短制度を利用しながら復帰して1年が経つ。

 復帰後、残業が必須ではない、社内プロジェクトの担当に回してもらった。課の配慮はありがたかったが、数ヵ月経つと娘は保育園にすっかり慣れ、自分も仕事のペースを取り戻してきた。プロジェクトはさほど忙しくなく、他部署から参加しているのは入社3~5年目の若者ばかりで、しかも所属部署の通常業務も兼務している。主任の自分が社内プロジェクトのみの担当なのは肩身が狭い。とはいえ、子どもの病気で呼び出されることもまだあるし、急な仕様変更などで深夜作業になっても困る。産休以前の業務を今も担えますとは言いきれない。

「いつまでも、こんな感じかな…」

 最近は、自分だけが暇な気がして、課内のメンバーをランチに誘うのも申し訳ないように感じるのだった。

 一方、課長の原田は、4時半に帰宅する近藤の背中を見やって、考え込んだ。課内で走っている開発案件はどれも忙しく、増員を求めている。

「近藤さんに、社内プロジェクトからどれかの案件に移ってもらった方が…いや、止めた方がいいだろうな」

 開発チームは、作業自体は社内で行うが、クライアントを訪問する機会も多い。主任だから、突発的な問題にも対応してもらわざるを得ない。常に4時半までに片付くような環境とは到底言えない。

「残念だが…まだ復帰して1年だから大変だろうし、無理はさせられないな」

 原田の課内では、初めての産休復帰者が近藤だ。折しも原田の会社は「くるみんマーク」を取得し、育児支援制度の利用を促進する社内キャンペーンの最中だった。

「近藤さんには、ちゃんと働き続けて、若い女子社員のモデルになってもらわないといけない。ここで無理させて、辞めでもしたら困る」

 原田としては精一杯配慮して、急ぎの仕事が回ってこないような役割にし、周囲に声をかけ、働きやすい環境作りに努めているつもりだ。帰宅時間を過ぎても働いているような時は、自分が仕事を引き取って帰宅を促したりもしていた。

「だけど、肩書は主任だからな…。いつまでも軽い職務ばかりだと、他のメンバーから不満が出るだろう。時短勤務制度は、小学1年生までだったかな。あと何年だ?もっと時短に適した、管理部門あたりに異動してもらった方がいいのかもしれない…人事部に相談してみようかな」

 原田も、近藤に何の業務を当てるべきか、悩んでいるのだった。