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めちゃくちゃわかるよ経済学 シュンペーターの冒険編

ベーム=バヴェルク名誉教授のゼミで激論

坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]
【第18回】 2008年6月11日
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 ウィーン大学における科目履修、最後の1年である第7学期と第8学期にシュンペーターが登録した科目は以下のとおりである(※注1)。科目数はだいぶ減り、卒業後にハビリタチオン(講義資格試験)を突破するための研究テーマを決める段階になる。その後さらに勉強を続け、論文を書かねばならない。

 シュンペーターは最後の学期にオイゲン・フォン・ベーム=バヴェルク名誉教授のゼミを受講することになった。

シュンペーター
最後の履修科目

■1904/05 冬学期(第7学期)

『行政学・オーストリア行政法』
『オーストリア民事訴訟法』
『オーストリア商法・手形法』
『経済政策』★
『統計学ゼミナール』★
『財政学演習』★
『オーストリア国家・法制史ゼミナール』
『経済学演習』★
『微分幾何学第2部』

 ★が経済学関係の科目であり、前期に引き続き、『経済学演習』はヴィーザー教授が開講するゼミである。

■1905 夏学期(第8学期)

『オーストリア民事訴訟法第2部』
『オーストリア商法・手形法』
『一般・比較・オーストリア統計学』
『経済学演習』★
『経済学演習』★

 2コマの『経済学演習』は、フィリッポヴィッチ教授とベーム=バヴェルク名誉教授によるゼミナールだ。フィリッポヴィッチについては連載第14回にくわしく書いた。今回はベーム=バヴェルクについて説明しておこう。

 オイゲン・フォン・ベーム=バヴェルク(Eugen von Böhm-Bawerk 1851-1914)は前回登場したフリードリッヒ・フォン・ヴィーザーと同年生まれの同窓同期生である。後年、義理の兄弟となる、といろいろな文献に書いてあるから、夫人同士が姉妹なのだろう

 ベーム=バヴェルクはモラヴィア(現チェコ東部)のブルノ(※注2 当時のドイツ語名ではブリュン)に生まれたドイツ人だから、シュンペーターと同郷ということになる。父親の死後ウィーンへ移住したところまでシュンペーターと同じだ。

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坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]

1954年生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、ダイヤモンド社入社。「週刊ダイヤモンド」編集長などを経て現職。著書に『複雑系の選択』『めちゃくちゃわかるよ!経済学』(ダイヤモンド社)『浦安図書館を支える人びと』(日本図書館協会)など。


めちゃくちゃわかるよ経済学 シュンペーターの冒険編

「経済成長の起動力は企業家によるイノベーションにある」とする独創的な理論を構築したシュンペーターの発想の冒険行を、100年前のウィーンから辿る知の旅行記。

「めちゃくちゃわかるよ経済学 シュンペーターの冒険編」

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