ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
平井 陽一朗の人材「共育」日誌

「好き」を仕事にするために必要な3つの注意点

平井陽一朗 [ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター]
【第4回】 2015年7月10日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage

過去3回の連載では、入社、転職など、成長の大きなきっかけについて考えてきました。今回からは、私の場合、長いスパンで見て何が成長の原動力となってきたのか、に焦点を当てたいと思います。

「好き」を仕事にしたときの「成長」の原動力とは何か?

 私は三菱商事から始まり、ボストン コンサルティング グループ(BCG)、ディズニー、オリコン、ザッパラスと歩み、そして3年前に再びBCGに戻りました。17年強の社会人人生の中で5回も転職をしているわけで、あまり褒められたことではないかもしれません。ただ、やや濃い経験をさせていただいたことも事実です。

 これまでの経験は、就職からオリコンに転職して副社長を拝命する31、2歳までと、そこからザッパラス社長を退任してBCGに戻る37、8歳までと、そしてそれ以降の現在進行中のフェーズと、明確に3つのフェーズに分かれています。

 今回は、「エンタテインメント事業に関わりたい、作りたい、理屈ではなく“好き”を仕事にしたい」という想いだけで突っ走った、仕事人生の第1フェーズを振り返り、実際に夢に近付き、成長できたのはなぜなのか、まずは考えてみます。

社会人1年目で受けた配属リスクの洗礼

 三菱商事に入社を決めた理由は、同社が当時参画していた“ディレクTV”という多チャンネル衛星放送サービスの日本での事業展開に関わりたいという、いかにも若者らしい、青く安直な想いからです。

 小学生の頃から米国のケーブル多チャンネル放送が当たり前の環境で育ってきた私にとって、ごく一部の地上波放送がメディアの大半を占めていた当時の日本の環境はとても違和感のあるものでした。そこに風穴を開け、“make change”のきっかけになりたい、できれば学生時代釘づけになっていたMTVやHBOのようなチャンネルを作ったり、誘致したりして、素晴らしいコンテンツを集めて日本中に届けたい、という想いがありました。

 当然、配属の第一希望は「情報産業グループの映像放送通信ユニット」と、部署名まで限定して伝え、この楽観的で青臭い小僧は、希望が通らないなんて夢にも思わなかったわけです。しかし、そんな甘い考えは「配属」という、社会人として最初の洗礼で見事に吹き飛ばされます。

第1回で書いたように、配属された部署では本当に多くを学ばせてもらい、成長の機会を与えていただいたわけですが、やや釈然としない気持ちがあったのも事実です。

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR
【デジタル変革の現場】

企業のデジタル変革
最先端レポート

先進企業が取り組むデジタル・トランスフォーメーションと、それを支えるITとは。

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

平井陽一朗[ボストン コンサルティング グループ パートナー&マネージング・ディレクター]

ひらい・よういちろう/ボストン コンサルティング グループ(BCG) パートナー&マネージング・ディレクター。1974年、東京都生まれ。米国の公立高校を卒業後、東京大学経済学部卒業。三菱商事を経て、BCGへ入社。その後、ウォルト・ディズニー・ジャパン、オリコン取締役副社長兼COO、ザッパラス代表取締役社長兼CEOを経て、再びBCGに入社、現在に至る。ネットサービス系企業における経営経験などを活かし、デジタルコンテンツやEコマース領域などを中心に、企業戦略や事業開発、グローバル戦略等、数多くのプロジェクトを手掛ける。


平井 陽一朗の人材「共育」日誌

「育成」は本当に難しい。例え育成の仕組みが充実していても、育てられる側に成長への意欲がなければ成立し得ません。かといって「成長なんて自己責任」で片づけてしまえば、永遠に「育成」というものに対する解を得られません。それでは、育成がうまくいっているように見える会社とそうでない会社とでは何が違うのでしょう。そうした悩みの中で、私平井陽一朗が所属していた三菱商事、ボストン コンサルティング グループ、ディズニーなどの企業で得た経験を振り返り、「育つ」「育てる」という難しいテーマを考える端緒にしたいと思います。人材育成で悩んでいる方や、社会人として成長していく過程にある方にとっても、何かしらのヒントがあるはずです。

「平井 陽一朗の人材「共育」日誌」

⇒バックナンバー一覧