橘玲の世界投資見聞録 2015年7月2日

4年前と何も変わらないギリシア。世の中はかぎりなく残酷だ
[橘玲の世界投資見聞録]

 ギリシアがデフォルトの瀬戸際に追い詰められている。資本規制も始まって、銀行の窓口やATMの前には長い行列ができているという。

 私がアテネを訪れたのは2010年の冬で、そのときも国会議事堂のあるシンタグマ広場周辺はデモ隊がたくさん集まっていた。

 ギリシアの財政赤字が粉飾によって隠されていたことが明らかになり、ユーロ危機の引き金を引いたのは2009年10月で、国債の暴落で金融支援を要請したのが翌年4月。その頃から「反改革」のデモが激しくなり、過激派の投げた火炎瓶で死者が出たこともあって夏ごろまではさかんに報道されていたが、さすがに半年以上経つと海外メディアの姿もほとんど見なくなった。しかしデモに集まるひとたちは意気軒昂で、路上のあちこちで大声で議論をたたかわせていた。

 ギリシア人は熱いなあ、と感心したのだが、このひとたちはあれから4年以上、同じことをやっていたようだ。これってどうなんだろう?

シンタグマ広場の周囲に集まるデモ参加者     (Photo:©Alt Invest Com)

 

 ギリシアの財政状況についてはすでに詳しく報道・解説されているからここで繰り返すことはしない。ニュースを見て思うのは、世の中はかぎりなく残酷だ、ということだ。

資産防衛する時間はじゅうぶんにあったはずだが…

 今年1月の総選挙で、まがりなりにも財政再建に努力していたアントニス・サマラスが破れ、「EUの再建策を拒否して国民の年金を守る」と公約した急進左派連合のアレクシス・チプラスが首相に就任した。そこからEUとの関係が悪化し、ギリシアの財政破綻が現実味を帯びてきた。それから半年ちかくたっているのだから、富裕層はもちろん中間層だって、虎の子の預金を自宅の金庫に隠したり、海外に避難させるにはじゅうぶんな時間があったはずだ。

 スイスのプライベートバンクでなくても、タックスヘイヴンのキプロスならギリシア語で口座開設できる。キプロスも財政破綻と預金封鎖を経験していて不安なら、地中海のマルタとか、フランス・スペイン国境のアンドラとか、イギリス領の飛び地のジブラルタルとか、あるいはジャージーやガーンジー、マン島など英国王室領の島々とか、ヨーロッパには富裕層でなくても利用できるオフショア金融センター(タックスヘイヴン)はいくらでもある。旅行のついでにそういうところで銀行口座をつくっておけば、クリックひとつでギリシア国内の預金全額を送金することだってかんたんだろう。――念のために説明しておくと、ここで重要なのは税金を払わないことではなく、非居住者でも金融機関に口座開設できることだ。日本と同じく、ヨーロッパの主要国でも労働ビザなど正規の滞在資格を持っていない外国人は銀行口座を開設できない。

 もしそれが無理でも、ギリシアでは家族や親戚の誰かがドイツなど近隣諸国に出稼ぎに行っているはずだから、その口座を借りるだけでも「キャピタルフライト(資本逃避)」は可能だ。ヨーロッパはいまやひとつの「国」で、マネーが国境を越える敷居はものすごく低いのだ。

 ほとんどの個人や法人は決済に必要な最低限の預金を除いてすでに“避難”を終えていると考えれば、ATMに並んでいるのがどんなひとたちなのかは容易に想像がつく。彼らは、毎月振り込まれる乏しい年金以外に預金などまったくなく、いまあるありったけの現金を引き出す以外に資産を守る術をなにひとつもっていないのだ。

 アテネのデモに参加していたのは50代や60代の男性が中心だったが(火炎瓶を投げているのは極左の大学生集団だ)、不安げな表情で銀行が開くのを待っているのは70代や80代の高齢者(とりわけ女性)が目立つ。このひとたちは年金がなくなれば家賃が払えず、路上で暮らすしかないのだから、その不安はものすごく大きいだろう。それを利用して政権交代を実現したのが、チプラスの急進左派連合だ。

 ギリシアの手厚い年金制度が批判されているが、EU諸国も、年金以外に生きる術がない高齢者に餓死しろといっているわけではない。

 北欧やドイツ、ベネルクス三国などはいまでは「生涯現役」が当たり前で、年金受給年齢は65歳から67歳へと引き上げられつつある。それに対してギリシアは、いまでも年金受給の平均年齢は61歳で、55歳からの前倒し受給も可能だ。これでは、資金を出す側のドイツ国民が納得しないのは当然だ。

 支援国の国民感情を考えれば、ギリシアが年金受給年齢を資金拠出国である「北のヨーロッパ」と同じに揃えるのが最低条件になることは、冷静になれば誰でもわかることだ。これなら70歳以上の社会的弱者の生活を守りながら、EU諸国を納得させる再建策をつくることができただろう。

 だがこうした真っ当な年金制度改革は、ようやく年金をもらえるようになる壮年層には大打撃だ。そこで彼らは連日のデモを行ない、国民の不安と憎悪をあおって、「再建策拒否」を公約する政権を誕生させた。そんな彼らの自分勝手な行動が“ほんとうの弱者”を巻き添えにしてしまった――というのは言い過ぎだろうか。

デモは労働組合が中心で、参加者はみな若い     (Photo:©Alt Invest Com)

 


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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