GM室は20畳ほどのゆったりした造りで、奥には執務用のデスクがあり、手前には4人掛けの丸テーブルが置かれていた。健太が席に着くなり、スティーブは話し始めた。

「1年前にこの会社に呼ばれたんだけど、業績の落ち込みは想定以上だったよ。何しろ世界規模で家電製品の価格競争が激化し、需要も低迷しつつあったからね。頼りにしていた欧州向けの輸出も、期待外れだったよ」

 スティーブは、小城山上海が大赤字を計上したタイミングで、東京本社がグローバルなエグゼクティブ・サーチファームである「イーサン・アソシエーツ」に依頼してヘッドハントした人材だ。彼が総経理(ゼネラル・マネジャー)に就任して1年が経ったが、業績はなかなか回復の糸口を見つけられずにいた。

「具体的に、この会社は何が問題なのでしょうか」

「うーん、一言では言えないな。まず、生産品質が安定していないな。顧客からのクレームは多いよ。工員の入れ替わりが激しいから、これは仕方ないとあきらめているけどね。特に旧正月の時期は多くの工員が帰郷してしまうから、人材確保が至難の業だ」

 健太は自分のノートに〈改善点1:不安定な生産品質〉と書き込んだ。

「次は、開発部門の動きが鈍いね。コーダという開発名の次世代新製品が思ったような品質を担保できない。試作品を納入しても、客先検査を通らない。開発部門には、もっとスピーディーに動くように指示は出しているんだけど……」

 健太のノートには〈改善点2:開発部門の鈍い動き〉と書き込まれた。

「あとは、コスト増と価格競争の激化だな。知っての通り、銅などの原材料費が高騰している一方で、需要が減退した市場では、苛烈な価格競争が始まっている。業績を改善しようとしても、製品の価格下落に追いつかないのが現状だよ」

 健太のノートにはさらに〈改善点3:原材料費の高騰と価格競争の激化〉が追記された。

 健太はその3つの改善点を眺めてみたが、何ら解決策が思い浮かばず、プレッシャーだけが気持ち悪く腹の中に溜まっていくのがわかった。

「なるほど。大変な状況ですね……」

「ところで、健太は業績改善を多数手掛けてきたと聞いているけど、どんな分野が得意なんだい?SGA(営業・間接コスト)削減とか、シックスシグマとか?」

〈そんな話が伝わっているのか、困ったなあ。ここは正直に言うしかないか〉

「実は、小城山に入社して15年になりますが、最初の4年は資材部で調達をやっていて、その後は財務部と経営企画部で中期経営計画の立案や業績の取りまとめをやっていました。だから、こういう現場での改善は、まったく経験がないんです」

 スティーブは少し怪訝そうな顔をしたが、すぐにこう答えた。

「顧問の推薦で来たと聞いているから、頼りにしてるよ。本社から必要な支援をもらうためにも、東京への報告は今より充実させないとね」

「はい、頑張ります!」

 健太は答えながらも、〈この会社の顧問って誰のことかな。なぜ自分のことを知っているのだろう〉と訝しんだ。

 2人の間に少し沈黙が流れたが、スティーブがその雰囲気を引き取った。

「それじゃあ、工場を見てみるかい?」

 健太は応じ、2人は生産ラインのある現場に向かった。