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日本の神さまと 上手に暮らす法 ― 神さまのいる毎日を過ごしませんか?
【第8回】 2015年7月9日
著者・コラム紹介バックナンバー
中村真

「厄年」は「役割の年」だから
恐れなくてもいいですよ

通算参拝数1万回の「日本の神さまと上手に暮らす法」の著者・尾道自由大学校長・中村真氏が「神さまのいるライフスタイル」を提案します! 日本の神さまを意識することで、心が整い、毎日が充実する。そして、神社巡りは本来のあなたに出会える素晴らしい旅だと伝えてくれます。
あなたが神社にお参りに行くのはどんな時でしょうか。例えば、「厄年」。厄年の時に神社に行くのにはどんな意味があるのでしょうか。改めて考えてはみませんか―――。

厄年は役割の年

 今あるネガティブな何かをなくすために、神社に足を運ぶ人もいます。
 厄除け、厄払いのお参りは、その代表例と言っていいでしょう。
 発祥は不明ながら平安時代からあったとされるのが〈厄年〉。今では男性は二五歳、四二歳、六一歳、女性は一九歳、三三歳、三七歳が厄年にあたるとされています。これは数え年で、〈本厄〉である厄年の前後に〈前厄〉と〈後厄〉もあるのは、みなさんもよくご存知でしょう。

 数えきれないほど神社に足を運んでおり、自他ともに認める“神社マニア”の僕は、「厄払いはどこに行きましたか? 厄除けのおすすめ神社は?」などと聞かれることもあるのですが、「特にないんですよ。どちらでも、好きな神社に行ったらどうでしょう?」と答えています。
 もちろん、厄除けで有名な神社がどこかは知っていますし、ネットで検索すれば誰にでもたちどころにわかるのですが、僕は厄払い自体をしたことがありません

 二五歳の頃は神社自体に興味がありませんでしたが、神社にハマって迎えた四二歳(実際の年齢としては四一歳)の厄年も、スルーしてしまいました。

 なぜなら、“やく年”のやくは、“厄”でなく“役”だと思っているから。
 厄は苦しみや災害を表す言葉で、厄介、災厄と、ネガティブな言葉。
〈厄年〉と聞けば、よくない年に思えます。「身体の変わり目を迎える歳、衰えを感じる歳だから、注意しなければいけない」といった説があるのもそのためでしょう。
 諸説あってこれまた真相は不明ですが、僕が好きな説は「役目を与えられる年」というもの。

女性は一九歳、男性は二五歳で、一人前の大人としての「お役を担う」。
 女性は三〇代、男性は四〇代で、世の中の中堅としての「お役を担う」。女性は出産、子育てという大役も担いますから、三〇代は重責です。
 そして男性は六〇代で、年長者としての「お役を担う」


 これが正しいというわけではないのですが、僕にとっては一番フィットする考え方です。
 今でも、古いしきたりを大切にしている企業や老舗商店のなかには、お正月にその年に厄年を迎える人たちを前に出し、「この人たちが重い役目を担ってがんばってくれるから、ほかの世代が災難に見舞われない。感謝します」として、表彰するところもあるそうです。
「役を担うぞ」という気持ちで、厄年を迎えるのか、「厄払いをしないとこわい」という気持ちで、厄年を迎えるのか。ちょっとしたことですが、いずれの気持ちで受け止めるかで、一年の過ごし方が変わってくる気がします。

 僕がおすすめしたいのは、厄年になったら神社に厄払いに行くのではなく、挨拶に行くこと。
「お役目が来たな。ちゃんとやりますって、神さまにご挨拶に行こう」
 この姿勢であれば、ポジティブなお参りとなります。

 「責任が生じる年頃だ」と気を引き締めれば、健康にも留意するでしょうし、無茶をして事故に遭わないように気をつけるでしょう。責任があるとは、「自分以外の誰かのためにも生きる」ということなのですから。
 単に「厄が降り掛かってくる年だ」とおびえて、「神さまお願いします、守ってください」とお祓いをするより、いい一年を過ごせるのではないでしょうか。

 厄年は節目の年であると解釈して、感謝を伝えるために神社に行ってもいいでしょう。
「○歳になり、こうしてお参りすること、ご挨拶することができました。おかげさまで健康です。お導きありがとうございます」と。
 その神社に御神体である何千年もの巨木があれば、いつもと違う思いがわいてきます。
「人間よりはるかに長く生きるものを、一〇〇年足らずしか生きない自分が、今日ここで目の当たりにすることができる。大きな命に出会えて、本当にありがたいな」
 感謝の心が自然と生まれることもあるでしょう。
 少なくとも、感謝をするとき、人はネガティブな気持ちにはなりません。僕は「ポジティブ思考が大好き! いつもいいことを考えたい!」というタイプではありませんが、ネガティブよりは断然、ポジティブがいい。そして神社とは、とてもポジティブな場だと思っているのです。

◆今回の気付き 
神社に行って感謝を伝える

恩師の家を訪ねる感覚で

 「神社に行くといっても、しきたりがいろいろありそう」、そんなふうにちょっと心配だし、身構えてしまうという人に、僕はこうお伝えしています。

「ルールはあってないものです」

 信仰というのは人の心から生まれる“思い”だけれど、宗教というのは人を組織し、“思い”を共有するためにつくられた“ルール”だ
というのが僕の解釈。
 従って、お参りの作法とは時代ごとに都合のいいように解釈されてできあがってきたものに過ぎないし、絶対に正しいルールは存在しないと考えています。
 もちろん、神道の勉強をして神官になるための学校では、「正しい神道のルール」を教えています。それに倣ったお参りをしたい人は、そうすればいいと思いますし、否定するつもりもありません。

 しかし、ちゃんとした学校でも、西日本と東日本で違う点が多いのは事実です。
 たとえば西日本で修行した人たちは、袴を穿いたあとに結んだ紐を、前にぴろんと出します。「これが正しい作法だ」と教えられたからです。ところが東日本では、結んだ紐を巻いた帯に潜り込ませてしまいます。やはり「これが正しい作法だ」と教えられたからです。

もしも神さまが決めているのなら、すべての作法は統一されていそうなものですが、地域によって違うということは、人の都合で決められたからでしょう。
絶対的な正しさはどこにもなく、逆にいえばすべては正しい。大切なのは“思い”であり、どうやってお辞儀をするか、どうやって手を叩くかは二の次
 こう考えてみると、気持ちさえしっかりしていれば、“お参りのマナー”は必要ないのかもしれません。しかし、僕のような素人は、マナーによって気持ちを高めていけるので、最低限のことは守るようにしています

 僕が考える“お参りのマナー”は、次のひと言に集約されます。
「尊敬する恩師の家を訪ねる感覚でお参りしよう」です。
 心から尊敬している恩師の家に行くなら、汚い服は避けるでしょう。特別にかしこまる必要はありませんが、頭も下げるし、乱暴なことはしないし、きちんとふるまおうと心掛けるはずです。
「自分がリスペクトしている相手に対して、どうふるまうか?」
 それを考え、実行していきましょう。

 次回も引き続き神社のマナーについて考えていきたいと思います。例えば、鳥居をくぐるときは? 手水舎での正しい手の洗い方とは? 神社に行くのであれば知っておきたいですよね。こうご期待。

◆今回の気付き 
神社は大切な人の家だと思う

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中村真 [尾道自由大学校長/「神社学」教授]

尾道自由大学校長。「神社学」教授。1972年東京生まれ。学生時代より世界中を旅したことで日本の魅力に改めて気づき、温泉と神社を巡る日本一周を3度実行。日本の魅力を再発見していく中で、とことん神社に心を奪われる。これまでに参拝した回数は1万回以上。自由大学にて教鞭をとる「神社学」は、初心者にも「わかりやすい」「面白い」と好評で、毎回満員の人気授業となっている。2013年には「尾道自由大学」を開校し、校長に就任。また、雑誌「ecocolo」や書籍を発行する出版社の代表を務め、現在はイマジン株式会社代表として、五感に響く出版、イベント、広告などのプランニングや、社会貢献プログラムなど様々な活動を展開している。神社検索アプリ「THE神社」を企画・制作・運営するなど、神さまのいるライフスタイルを提案することで、生きる希望を広めることを使命としている。


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