「だって、その3つはどれも表面的な現象の焼き直しで、何の解決策も提示していないでしょう。それに、その課題って、どれも普通の製造業だったら大体当てはまる問題です」

「そう言うなら、君にはこの会社ならではの問題点が見えているのかい?」

「まだ十分検証していないからわからないけど、例えば、工場や資材倉庫を見る限りは、在庫がうず高く積まれていて過剰在庫の可能性があるわ。不良品発生の問題だって、そのコストを正確に把握している様子もないから、改善に対する動機づけや目標設定が伴っていないわね。あと、今の定例報告会も表面的な業績報告に終始していて、誰も真の問題を議論しようとしていないわ」

〈悔しいが、返す言葉もない……。一体彼女は何者なんだ?〉

 そこに瀬戸が割って入った。

「まぁ、そこまでにしておこう。実は丸山君の中国赴任は、私が柳澤君にお願いしたことなんだ。彼は私の直接の部下だったことがあってね。面白いレポートを書いたやつがいますよと、君のことを推薦してくれたんだ」

〈思った通りだ。あのリストラのレポートが読まれていたんだ……〉

「お恥ずかしい限りです……」健太は消え入るような声で応じる他なかった。

 瀬戸は続けた。

「この会社は、私が会長のときに旧知の政府高官から技術協力を要請されて設立されたものだ。その後、私が経営を離れてから、小城山がマジョリティーを取得して現在の社名になった。その会社の業績が最近は特に悪化していると聞いて、自分の目で状況を見ておきたくて3日前に来たんだ。とは言っても、もう引退している身だから、現場を差し置いて何かできるわけではない。だから、柳澤君に優秀な部下がいたら紹介してくれって頼んでおいたんだよ」

「ありがたいお言葉ですが、私でお役に立てるのでしょうか。確かにリストラの必要性についてはレポートに書いた通りですが、現場でリストラをやったことはありません」

「私はリストラが必要だなんて言ってないよ。まぁ、そうつれないことを言わずに、この会社を少し見てほしいんだ。黒字化のために何をしたらいいかを早く見極めて、ぜひ本社に提言してほしい。これは君の得意な分野だと思うが、どうかね?」

 瀬戸の有無を言わせぬ口調に、やってみます、としか答えられない健太だった。

「その代わり、助っ人を呼んである」と瀬戸は麻理のほうを指差した。

「麻理は私の姪っ子だが、なかなか優秀で、今度スタンフォード大学のMBAを取りに行くんだ。今は米国の大手会計事務所KPWに勤めているが、授業が始まるまでの2ヵ月間、無理やり休職させて上海に来させているんだ。麻理は仕事柄、業績不振企業をたくさん見てきているから、きっと役に立てると思う」

 麻理は初めて笑顔を見せ、丁寧に頭を下げた。

「改めて、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。会計のプロなら心強いな」

 麻理は、微笑むとクールな眼光が消え、チャーミングな表情になる。たった2ヵ月の助っ人とはいえ、1人で送り込まれたのではないと知り、健太の気持ちは少しだけ楽になった。

「私は少しスティーブと話をしてくるから、2人で今後何をするか、話し合ってみてほしい。重要なのは、問題の本質を見極めることだ

 瀬戸はそう言い残して、部屋を出て行った。