WBAは、プレミアリーグと下部リーグの間で昇格と降格を繰り返す弱小チームだった。常勝とは程遠かったが、おじさんたちは、負けたらこの世が終わったように落胆し、勝ったら宝くじで1億円当たったような大騒ぎしていた。「サッカーこそ、わが人生」という調子で、楽しみのある人生を送っているように見えた。

 このような労働者のおじさんたちは、大学内の草刈りや建設工事のような仕事に多く雇われていた。前述の通り、みんな午前中楽しそうに仕事をして、午後には帰って行った。また、掃除婦や学内のカフェのウェートレスにも、労働者階級のおばさんたちが多数いた。ここでも、みんなとても明るく仕事をしていたのが印象的だった。

 キャンパスでは、おじさんもおばさんも、教授たちとまるで友達のように立ち話をしていた。筆者自身も、当時博士後期課程の学生だったのだが、大学の在籍が長くなると顔を覚えられて、よく気軽に声をかけられたものだった。学校内のオープン・カフェで食器の片づけしていたおじさんには、「お前は私の息子だ」とかわいがられたものだった。

 正直、これは日本の大学でほとんど見られない光景だった。日本の大学も多数の掃除婦や守衛さんや建設作業の方を雇用している。みなさん、礼儀正しい方々だが、教授や学生に気軽に話しかけてくる人はいない。「偉い先生」「賢い学生」という目で我々を見ていて、友達のような関係になることはさすがにない。

英国の労働者階級は、中流以上とは
別の価値観で「違う世界」に生きていた

 大学の博士後期課程の友人の一人に、リバプールの労働者階級出身の人がいた。彼が常々ボヤいていたことが、「両親や親せきが、大学で学ぶことの意義を理解してくれない」ということだった。労働者階級である彼の一族郎党には、大学進学した者が一人もいなかった。だから、大学がなにをするところか理解できる人がいないのだという。友人は優秀な人で、中学以降ずっと奨学金を受給して学業を続けていた。しかし、両親さえもが「遊んでないで、早く働け」と帰省するたびに説教してくると、いつも嘆いていた。

 大学で英語教師をしている人の家庭の、週末の食事会に招待された。子どもたちがテレビでフットボールの試合を観ていた。彼らに「将来は、サッカー選手になりたいかい?」と聞いてみた。当然答えは「YES」だと思ったら、なんと声を揃えて「ありえないよ」と言った。子どもの父親によれば、中流以上の家庭の子どもに「サッカー選手」という夢はないのだという。「サッカー選手は、ほとんどが労働者階級出身。中流階級の子どもが目指すものではない。サッカーはやるものじゃなくて、観るもの。ラグビーはするけどね」と言われた、さすがに驚いた。

 日本では、親が将来の「Jリーガー」「プロ野球選手」を夢見て、高い月謝を払って子どもをサッカースクールやリトルリーグに連れていく。週末ごとに子どもに弁当を作り、当番や役職もいろいろあって、お父さんお母さんも大変である。だが、日本ではお馴染みになったこの光景は、英国の中流以上のサラリーマン家庭にはありえないことらしい。