英国では、大学進学率は日本ほど高くない。よく知られているように、授業1回について約10冊の関連図書を予習して臨まないと、議論中心の授業に参加することができないし、課題も毎週のように出される。当然、全員がそれについていけるわけではなく、筆者の認識では、1学年に10-20%の退学者が出る。

 だが、それで大学に対して不満が出ることはないし、深刻な社会問題になるようなこともない。前述の通り、英国社会にはさまざまな「違う世界」があり、大学を途中でやめても、そういう人には生きていける道があるのだ。だから、大学は競争力のある若者を育成するために、容赦なく厳しい教育ができるといえる。

日本の問題点は、
人生の多様な選択肢がないこと

 日本の問題というのは、結局英国など欧米と比べると、相対的に「人生の多様性」がないことだと考える。日本社会では「受験戦争という競争を勝ち抜いて、いい大学を出て、企業で終身雇用のステータスを得る」というのが、いまだに「正しい人生」という考え方が根強い。小学生のお受験から始まって、中学受験、高校受験、大学受験、就職活動とさまざまなスクリーニングを経て、終身雇用のステータスを得た人が“勝ち組”で、スクリーニングに落ちた人が非正規雇用者などの“負け組”になるという、単一の価値観が社会に定着している。

 こういう社会では、“負け組”になった人たちは、そこから救われる道がなかなか見えないため、社会に対する不満が大きくなる。政治に対する要求も強くなり、政治家にとっては面倒な存在になっていく。教育政策では、過度に平等を意識せざるを得なくなる。

 社会からの“負け組”を出さないように、競争のない甘い教育カリキュラムを作らざるを得ないし、粗製濫造の大学を認可し続けなければならない。社会保障や福祉も手厚いものにならざるを得ない。政府は競争力強化のために「改革」を断行せざるを得ず、規制緩和策や一般会計の無駄削減の緊縮策が行われる一方で、多額の補助金や税制優遇策が行われる。結局、改革はなし崩しになってしまうのだろう。

 なお、英国では卒業前に一斉に学生が「就職活動」を行うことがない。学生は、大学在学中に就職活動を行わず、卒業後もまず「インターン」として企業などに応募する。そこでパフォーマンスがよければ採用されることはあるが、ほとんどが「任期付き」で、終身雇用で採用されることはない。若者は、30歳くらいまで何度も仕事を変えるのが普通だ。その途中で、いわゆる「ギャップイヤー」として、英語教師のアルバイトをいろいろな国でしながら、世界中を旅したりする若者も多い。そして、30歳を過ぎて、多様な経験を積んだ後で、自分に本当に合う仕事は何かを決める。

 日本の「就職活動」については、いまさら説明は不要だろう。1つだけ言えることは、日本では「終身雇用制」のために、大学4年次に決めた就職先が事実上その人の一生を決めてしまう。その時に終身雇用の正社員として採用されなければ、その後の中途採用枠は極めて限られており、ずっと非正規雇用にとどまってしまい、終身雇用の正社員になれる可能性は低くなる。「格差」が固定してしまう可能性が高いのだ。