その上、若者が魅力的な中小企業やベンチャー企業を目指そうとしても、両親は終身雇用の日本型雇用システムによって、高度成長を成し遂げた成功体験を持つがゆえの「大企業志向」から反対し、一部の大企業に応募が集中する事態も起こってしまっている。つまり、職業選択の多様性がないまま、競争だけが激化している状況だ。

「明るい競争社会」を実現するには
多様性のある懐の深い社会が必要

 1970年代に高度成長期を終えた欧米諸国や日本では、80年代から2000年代前半まで、「新自由主義」の思想による「構造改革」の推進が潮流となっていた。この時期、市場原理に基づく自由な競争が奨励される一方で、競争の敗者や元々競争が始まる時点でアンフェアな状況に置かれた人たちに対する、補助金や税制優遇、規制などの保護政策はどんどん撤廃されていった。その結果として、構造改革を行った各国で、「格差」が広がった。

 日本でも英国でも、構造改革の「痛み」としての「格差」は明らかに存在する。だが、日英の政府・国民の格差に対する行動はかなり異なっている。日本では、将来を悲観した自殺者の急増や、異常な事件が頻発した。政府に格差対策を求める圧力は次第に強まり、歴代政権は「改革」を訴える一方で、格差を埋めるための補助金政策を続けざるを得なかった。その結果として、財政赤字は先進国最悪のレベルまで拡大した。また、格差への不満は、第一次安倍政権以降、支持率低迷で1年で首相が交代し続ける一因ともなった。

 一方、2010年に登場したキャメロン政権は、消費税増税を含む厳しい財政再建策を断行した。英国でも、低賃金労働者の仕事を奪う移民を排除しようとする極右政党・英国独立党が台頭するなど、格差問題に対する不満はある。しかし、キャメロン政権は長らく支持率が低迷したが15年の選挙の前には回復し、総選挙では大勝した。5年間選挙がない間に、財政再建策への国民の理解が広がったからといえる(第106回)。そして国民に不満はあるものの、多様な生き方ができる社会が不満を一定程度吸収しているから、5年間、比較的安定した政権運営ができたともいえるのではないだろうか。

 安倍政権は、経済政策アベノミクスを推進しているが、その問題点の1つは「日本を取り戻す」というある種の「復古主義」ではないだろうか。アベノミクス第一の矢(公共事業)、第二の矢(金融緩和)は斜陽産業の延命が目的だ。成長戦略も、「日本企業の稼ぐ力を取り戻す」と首相が強調するように、輸出主導型経済の復活を目指すものだ。

 それは従来の「終身雇用」を前提とし経済成長だけを全員で目指す、単一的な価値観の社会の復活を目指しながら、一方で企業の稼ぐ力を強化するために、人材の間の激しい競争を促す。それでは競争に敗れた者の不満が強まり、社会不安が更に広がってしまうのではないだろうか。今、日本に必要なのは、さまざまな競争を受け止めることができる、多様性のある生き方が可能な、懐の深い社会の構築を目指すことではないだろうか。