「工場を見ているときに、ライン脇に積み上げられた部品をいくつか手に取ってみたんだ。すると、品質が安定していないことに気づいた。特にチューブがひどかった。チューブはコンプレッサーの重要部品だからね。君たちが導入してくれたモデルラインは、その仮説を検証してくれたというわけだ。しかも、私が見つけられなかったプレートの問題まで特定してくれた。このモデルラインを通した活動で、生産品質は大きな改善を見せてくれると思う」

 健太は以前、何気なく聞き流した瀬戸の言葉を思い出した。

〈モデルラインの設定を決めたミーティングで、瀬戸顧問がこのメンバーでよいのかと確認したのは、そういう意味だったのか〉

「しかし、小城山上海にとっての本質的な問題に到達したかどうかは、よくわからない。業績をここまで悪化させたのは、これだけが原因だとは思えない」

 瀬戸の言葉は、健太に新たな謎を残すことになった。

 首をかしげる健太を尻目に、麻理は本題に入った。

「生産品質の問題については必要と思われる手を打ったので、しばらくその効果を見極めたいと思います。生産ラインの作業員が品質に対して高い意識を持ってくれるか、サプライヤーが部品の品質改善に真剣に取り組んでくれるかがポイントになります」

「そうか。では、新製品開発とコスト削減の問題を片づけよう。まず新製品の上市の遅れについて、山田君に何が問題となっているのかを聞いてみよう」

 瀬戸は開発担当の山田に内線電話をかけて、2階の大会議室に来るように伝えた。


「瀬戸顧問、お呼びですか」

 山田は走ってきたのか、息を切らせて会議室に入ってきた。

「モデルラインの稼働で忙しいところ、すまないね。矢継ぎ早で申し訳ないが、新製品の開発遅れの状況について、少し教えてもらえないだろうか」

「承知しました。それでは、私が赴任した2年前の状況からお話ししましょう」

 山田の話を要約すると次の通りだ。

 2年前に山田が小城山上海に赴任したきっかけは、2005年に市場に投入するはずだった新製品の開発が1年も遅れており、その遅れを早急に取り戻すためだった。

 新製品のコンセプトは、製品を小型化しながら、冷却性能を高めるものだった。これは客先の家電メーカーが目指していた冷蔵庫の小型化・省エネ化のトレンドにマッチしたものであり、一刻も早い製品化が東京本社からも期待されていた。

 しかし、コンプレッサーの冷却性能が高いと、騒音も大きくなる。先進国向けの家庭用冷蔵庫には、大きな騒音のコンプレッサーは使えない。山田が目にした設計はチューブが従来品より1.5倍も長く、その形状が複雑に曲がりくねったものだった。このチューブを周囲のカバーに触れないように正しく設置し、その上からカバーを被せるという工程には、少しのミスも許されない。当時の小城山上海の生産技術を考えると、明らかに製品化は難しかったということだ。

 その問題が、なぜこれまで放置されてきたのか。