その日の夜、瀬戸が6月中旬から始まった約1ヵ月の上海滞在を終えて日本に帰国する前夜となり、健太と麻理は瀬戸に誘われて夕食を共にした。場所は、瀬戸と麻理が滞在しているホテル内の高級中華料理レストランだ。金曜日の夜とあって、店内は賑わっていた。

「丸山君、上海に赴任して4週間ほどになるが、どうだね」

「はい、すでに半年分は働いたかと思うくらい忙しいです。でも、実際の現場に入って、とても充実しています。麻理さんにもいろいろ助けて頂き、ありがとうございます」

「健太さんの活躍で、小城山上海の建て直しもスムーズなスタートが切れましたね。お疲れさまです」

 麻理も健太の労をねぎらった。

 ビールで乾杯した後、健太は前々から気になっていたことを尋ねてみた。

「これで我々は、瀬戸顧問が仰っていた本質的な問題を見極めることに到達できたでしょうか」

「どうだろう。私が見る限り、小城山上海の問題はもっと根が深いかもしれないよ。黒字化には抜本的な解決策が必要かもしれない。今回見た様子だと、この会社の危機レベルは目に見えるよりもかなり高い。赤字の状態がずっと続いているのだから、それも当然だがね」

「抜本的な解決策ってどんなものでしょう」

「今の時点では、この会社がどこまで悪くなっているかわからないので、それは言わないでおこう。明日は日本に帰国するから、これからも適宜こちらの様子を知らせてくれるかな。困ったことがあったら、いつでも連絡してほしい」

「承知しました」

 健太は、瀬戸の観察眼の正確さを目の当たりにしていたので、今後待ち受ける困難を予感し、せっかくの料理も食べた心地がしなかった。

改善活動を加速させる手立て

 翌週の月曜日、健太は朝早くから目が覚め、7時には出社して大会議室で作業を開始した。

〈早朝の誰もいないオフィスで頭の整理をすると、やはり考えがはかどるな。今日やるべきことが明確になり、効率的に行動できる〉

 健太が始めたのは〈本日やることリスト〉を作ることだった。

(1)モデルラインの「3分間チェック」の確認(→自分で確認)
(2)生産の各種KPIの確認(→チョウさんに確認)
(3)サプライヤーへの改善要求の状況確認(→ウェイさんに確認)
(4)新製品開発の静音ルーム使用時間の拡大依頼(→スティーブに相談)
(5)新製品開発のプロジェクトチーム組成(→山田さん、麻理さんに確認)

〈生産品質の改善活動はどうにか良いスタートを切ることができた。しかし、この活動を継続的なものにするためには、もう一工夫して勢いをつける必要があるな。それには、目に見える成果を少しずつでも全社で見られるようにして、皆に努力の成果を実感してもらうことだ。壁に張り出したKPIを、定期的にニュースレターのような形で発信するのもいいかもしれない。また、それをサプライヤーにもシェアして、改善の取り組みを理解してもらうことも必要だな……〉

 思いを巡らせているうちに、始業時刻が間近に迫ってきた。健太はモデルラインを視察するために急いで1階に下りて行った。