お金ってなんでしょうか? 大人でもその実体をつかんでいる人は多くありません。ほとんどの人がお金を稼ぐために働き、お金を貯めるために生き、そして、お金を残して死んでいく――。人生をこんなにも左右する「お金」って、いったいなんなのでしょうか?そこで今回、ふつう学校では教えてもらえない「お金」の授業を開講することにしました。人気投資マンガ「インベスターZ」とのコラボ企画。最高の講師陣をお迎えして、お金の授業がいま始まります!!
取材・構成:岡本俊浩/写真:加瀬健太郎/協力:柿内芳文(コルク)

2時間目は元・証券マンの渡邉賢太郎先生にご登壇いただきます。リーマンショックを境にお金について疑問を持ち、お金をテーマにした世界一周の旅に出たという渡邉さん。多くの資産家との交流、そして世界の人びととの交流を通じて見えてきた「お金の正体」とはいったい何だったのでしょうか?

話題の投資マンガ「インベスターZ」とは
中学生が株式投資!? 世界一タメになるお金漫画、誕生!創立130年の超進学校・道塾学園にトップ合格した財前孝史。入学式翌日に明かされる学園の秘密、それは各学年成績1位のみが参加する「投資部」が存在することだった。少年よ、学び儲けよ!そして大金を抱け!! 投資部・財前の「株儲け」がいま、幕を開ける。

 

インベスターZ (1) フルカラーを読む

 

死ぬまで株価をチェックし続ける老婦人

 2008年のリーマンショックから、1年あまり経ったころです。証券マン3年目も後半を迎えていました。

2時間目<br />渡邉賢太郎先生に学ぶ「金融」と「信頼」の話<先生の紹介>渡邉賢太郎
(わたなべ・けんたろう)/1982年生まれ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券を2010年に退職後、翌年から2年間、世界40ヵ国を回る旅に出る。テーマは「お金とは何か?」。その旅行記と、新たな経済のありようを探った『なぜ日本人は、こんなに働いているのにお金持ちになれないのか?』(いろは出版)がヒット。現在は、社会起業家の育成・支援を行う「ETIC.」で、「SUSANOO」プロジェクトリーダーを務める。

 その日、私の視線は「あるノート」にくぎづけになっていました。

 営業職でしたから、都内の担当エリアで様々な資産家の会社やご自宅を回っていて、この日はある、高齢のご婦人宅にお伺いしていました。この方は、少し自慢気にノートにびっしりと書かれた数字の羅列を私に見せてくれながら、こう仰いました。

「私ね。これが元の値段に戻るまで、絶対に売らないのよ」

「これ」とは株価のこと。
ノートには日本を代表する企業十数社の毎日の値動きがびっしりとメモされていました。合計すると、その当時で1000万円程度の価値はあるそれらの株式。「バブルの頃に買った」とおっしゃるその株は、買った時からは目も当てられないほど値下がりしていました。しかし、この方は「いつか株価は戻る」と信じて、バブル崩壊から20年以上、毎日欠かさず、ずーっと値動きをチェックしていらっしゃったのです。こういった値段が大きく下落したまま、売るに売れない株式を、証券業界では「塩漬け株」などと呼ぶのですが、この方はそれを今も大事に抱えて、いつか値段が戻るその日を待っていたのです。

 若い私から見たら、かなりのお金持ち。しかしその方は、むしろ持っている株式やお金に縛られている。そんな印象的な体験でした。

「お金持ち」なのに「不幸」な人びと

 こういった様々な、いわゆる「お金持ち」の方々との経験から、私は徐々に、お金そのものや「お金持ち」について学んでいきました。そのうちに気づいたのが、こういうことでした。

2時間目<br />渡邉賢太郎先生に学ぶ「金融」と「信頼」の話

 実はお金持ちにも、「幸せなお金持ち」と「不幸せなお金持ちがいる」――。

 先ほどのご婦人のように、塩漬け株を大事に抱えている方は多いと感じています。バブル期に比べて何分の一にも減ってしまったとはいえ、私たちのような若い世代からすればうらやましいほどのお金を、株式や預貯金の形で持っている。不動産収入もある。日々の暮しに困るどころか、一般的には一生拝むことのできないような金額の資産を保有している。それならば、将来に向けて楽しく使う。もっと期待のできる会社に投資する。あるいは若い人に投資するなど。いくらでも前向きな使い道はあると思います。

 でも、そういった選択はせずに、下がった株価のことばかりを気にかけている。失ったお金に、心を囚われているのです。私の経験上、こういった方は決して少なくないのです。ある方は、ご自身の相続について考える中で、ある時こんなお話をして下さいました。

「昔、両親の遺産相続で兄妹と喧嘩した。以来ずっと連絡すら取っていない。だから、自分の子どもたちにはそんな想いはさせたくない」

 このようなお話を、寂しそうに語られる方もいらっしゃいました。
 こういった経験を通じて、私は徐々に「お金」そのものや「金融」という仕組み、そしてそれに振り回されてしまう私たち人間に、奇妙な違和感と、興味を抱いていくことになりました。

資産家のところに通い手紙を渡す日々

 私が証券マンになったのは2006年。大学では社会学を専攻していたので、正直なところ経済には全く明るくありませんでした。むしろ、苦手意識の方が強かったんですよ。なのに、証券会社に就職をしたのはなぜかと言うと、苦手なものを克服したいという願望と、大学時代にインターンシップで働いていたベンチャー企業の社長が元証券マンだったから、というのもあります。この方からの影響が大変強く、自分も「あんな風になりたい」と思い、証券業界を選んだのです。

 入社後、配属されたのは営業。
 毎日朝5に起きて、日本経済新聞の一面を隅から隅までマーキングして読む。5時45分になると、テレビ東京の「モーニングサテライト」を横目に、革靴に足を入れる。7時前には出社。先輩社員と日経紙面を読みながら市場分析し、お客さまに対して、どのような情報を提供すべきなのかを勉強します。
先輩からは、よくこんなことを聞かれました。

「渡邉さ、ソニーの決算発表が出てたけど、営業利益は何%増だった?」
答えられずまごついていると、「読んでないだろ」。

 刻々と変化する株式市場を相手にする証券マンにとっては、基本中の基本ですが、数字を押さえるのは絶対でした。夜は夜で、自社のレポートや本を読んでさらに勉強。

 営業マンとして主な担当は、個人の「富裕層」もしくは、法人です。
富裕層とは、一般的に1億円以上の金融資産(現預金、有価証券など)を持っている方を指します。

 富裕層と一口に言っても、いろんなタイプの方がいらっしゃいます。中小企業のオーナー経営者の方から、開業医などのお医者さま。ほかにも、ビルやマンションのオーナーなどをやっている地主さん。東京の郊外では、戦前から土地をもっている農家の方が、気がついたら大金持ちになっていたといったケースもあるようです。ですから、誰がお金持ちなのかなんて、見た目や肩書きからじゃわからないんですよ。そんな中で、いろんな方と巡り会うのも面白かったです。

 証券会社は、そういった方々に金融商品や経済情報をお伝えしながら、有価証券の売買の仲介を行う、資産運用のアドバイザーでもあり、仲介業者です。
ちなみに、会社は営業マンの何を評価するかというと、まずは顧客からの「預かり資産額」。これは証券会社が「どれだけ信用されているか」のバロメーターになります。

 もう一つが「手数料収入」
 これは、お客様が、株式を売ったり買ったりすると発生します。簡潔に、一回の売買で1%の手数料が発生するとします。100万円の株を1回売ったら、1万円が手数料。その株式をすぐに同じ値段で、100万円分売ってもやはり手数料は1万円という仕組みです。往復だと2万円。極端な話、これを毎日繰り返し、1000回やれば2000万円の手数料が発生します。むろん、お客さまによってスタイルは違いますが、証券会社はそういう仕組みのなかで手数料収入を上げていました。

 ですから、何はともあれ、まずはお客様に口座を開いて頂き、資産を預かることが、証券マンとしての第一歩なんです。しかし、よく考えて見ればわかることですが、1億円以上の資産を持っているような方々は、すでに様々な人生経験を踏んできている方ばかり。リーマンショックで資産価値が半分になっても、「バブルの頃よりましだな」と言ってのけたり。達観している方も多いんです。

 そんな百戦錬磨の方々に、羽根も生えていない新人証券マンがアドバイスできることなんてないんです。では、どうしたらお客さまになってもらえるか。これは、もう人間としての「信頼」を獲得するしかない。そのためには、お一人お一人と誠実に向き合うしかありません。

 70代の会社経営者で、都内のお金持ちの多いある地域でも屈指の資産家の方がいらっしゃいました。その方をなんとか自分のお客さまにしたいと、毎日通い続けていました。

 でも、どの金融機関も考えることは同じ。5月にもなれば、わっと各社の新人営業マンが営業をかける。そもそも銀行の支店長さんなどが対応されるような方ですから、当然初めは、取り次いですらもらえない。

 そのうち、3ヵ月、半年と経ち、一人脱落し、二人が脱落していくなかで、私は諦めずに何度もお手紙を持って通いました。ほら、卒業式でよく見ますよね? 校長先生とかが読む、式辞が書いてあるあの横に長い紙。あれに、筆で長々と「1回だけ、会っていただけませんか」といったことを書いて、延々と通い続けるんです。一昔前の、証券業界では割りと当たり前のことだと思いますよ。

 また、その方の誕生日には、休日にご自宅まで伺って、お手伝いさんにプレゼントを渡したりもしました。そんなことを半年続けるなかで、ある日、突然会社に電話がかかってきまして「明日、会社へ来い」と。

 そこで初めてお会いし、口座を開いていただいて、幾らかのお預かりも頂きました。額としては、びっくりするほど大きなものではありませんし、その後も大きくは増えませんでしたが、この方との出逢いは私にとってかけがえのない財産になりました。自分が退職するまで、ずっとお付き合いを続けていただいて、社会人としての心構えやビジネスとは何か――なんだかメンター(助言者)のような存在になったんです。でも、よく考えたら不思議な話ですよね。この方はなぜそんなことをして下さったのか。

 実は、すでに起業家としても、資産家としても成功した経営者の中には、このように次世代の若者を育てることを、第一に考えている方も多いのです。

※続きは 『インベスターZ公式副読本 16歳のお金の教科書』(ダイヤモンド社)をごらんください。