ベトナム 2015年9月8日

日本とベトナムの音楽の架け橋
チャン・ヴァン・ケー博士を偲ぶ

日本で15年間の編集者生活を送った後、ベトナムに渡って起業した中安さんのベトナムレポート。今年6月に亡くなったベトナム伝統音楽の第一人者チャン・ヴァン・ケー博士とクラシック音楽にも造詣の深い中安さんには取材を通して接点があった。その思い出とともに、博士の足跡を紹介します。

ベトナムの伝統音楽における唯一無二の存在

 去る6月24日、ベトナムを代表する音楽学者・音楽家のチャン・ヴァン・ケー博士が、亡くなられた。訃報に接して、私は言いしれぬほどの深い喪失感を覚えた。

 チャン・ヴァン・ケー博士と言っても、日本の方には馴染みがない名前だろう。しかし、彼は伝統音楽の面において、日本とベトナムをつなぐ架け橋のひとつであったのだ。さらにアジア全域に及ぶ音楽史、各国の伝統音楽の関連性を語ることができる、生き字引だったと言っていい。そんな博士の思い出話と、日本とのつながりを紹介したい。

 時は2003年にさかのぼる。当時私が仕事をしていた『ベトナムスケッチ』というフリーペーパーで、ベトナム中部の町・フエの特集を組むことになり、私は切り口を探していた。

 フエは、ベトナム最後の王朝であるグエン朝の都が置かれた町で、王宮や帝廟が世界遺産に登録されている。「王宮、帝廟以外で何か新しいテーマはないだろうか」と資料を調べていた、そんなある日、妻が、
「あなた、フエの宮廷音楽が世界無形遺産に登録されるんだって。これなら、テーマになるんじゃない?」
と新聞を見せてくれた。

 そこには、つい先日、2003年11月のユネスコの世界遺産会議において、フエの宮廷音楽が、ベトナムで初めてユネスコの世界無形遺産に登録されることが決まったという記事が載っていた。

私は、
「これは行けるかも」
と思った。妻に、
「宮廷音楽について、もっと詳しく知りたいんだけど、何か資料はない?」
と尋ねたところ、
「だったら、チャン・ヴァン・ケー博士の論文を読むのがいちばん。この分野で彼に勝る権威はいないわ」
と言う。

 彼女が、インターネット上で探してくれた博士の論文や記事を私は読んだ。実に面白い。私は夢中になった。中にはベトナム語で書かれているものもある。それは妻に頼んで英語に翻訳してもらった。

 ベトナムの伝統音楽に詳しいだけでなく、他のアジア諸国の伝統音楽に関する深い学識に裏打ちされた博士の論文は、私のような素人が読んでも知的興奮を覚える内容。「こんなすごい人がいるんだ」と、敬意を超えた畏怖の念すら覚えるほどだった。

 興味を持って「チャン・ヴァン・ケー博士ってどんな人だろう?」と調べてみた。博士は、1921年7月24日、音楽家の家庭に生まれている。1949年にフランスに渡って音楽学を学び、ベトナム人としては初めて、音楽博士号を取得。その後も55年間、パリに住み続け、ソルボンヌ大学では30年にわたって教鞭をとり続けた。

 フランスだけでなく、世界20カ国以上から招かれて講義を行なっている。音楽の百科事典としては、世界で最も権威がある『ニューグローヴ世界音楽大事典』にも、ベトナム人としては唯一名前が掲載されているという。ちなみに2008年には、ユネスコの国際音楽評議会において名誉会員に選出されている。

バオダイ皇帝の前で演奏した経験がある2人の宮廷楽士。生きるレジェンドだ【撮影/中安昭人/2004年2月】

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