中国でやりたいことは
当時もいまも変わらない

加藤 昨今、投資家の7、8割はいわゆる“人民投資家”ですよね。プロフェッショナルではない情報や見識に基づいて、投機的な心理や将来に対する不安、中国独特の口コミのインパクトとネットワークによって動いている。おっしゃるように、中国政府も彼らの株式市場に対する姿勢を気にしていると私は思います。市場の規模や価値が急激に成長しなくてもいいから、少なくともわれわれの政策の邪魔しない程度に、安定的に伸びていってほしいと。

松本 マーケットが成熟するために、最も大切なのはプレイヤーだと思います。インフラや取引ルール以上に、投資家やプレイヤーが充実することが一番です。ただ、為替の問題などがあり、QDII(Qualified Domestic Institutional Investors:適格国内機関投資家)を進められない事情がある。投資家は実際にやらせないと育たないので、そこが中国では難しいと感じています。

 今回のQDII2(適格国内個人投資家)も試験的に6都市でやるというニュースが『Financial Times』に出ましたが、その後のフォローはありません。まったく火のないところに噂が出るとも思えませんが、マーケットがこうなってしまうと、その話も先延ばしになるでしょうね。

中国に変化を期待するのではなく、<br />自分たちがどう付き合うかが大切加藤嘉一(かとう・よしかず) ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院客員研究員。1984年生まれ。静岡県函南町出身。山梨学院大学附属高等学校卒業後、2003年、北京大学へ留学。同大学国際関係学院大学院修士課程修了。北京大学研究員、復旦大学新聞学院講座学者、慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)を経て、2012年8月に渡米。ハーバード大学フェロー(2012~2014年)を経て、2014年6月より現職。米『ニューヨーク・タイムズ』中国語版コラムニスト。近著に『中国民主化研究』(ダイヤモンド社)がある。

加藤 ワシントンにいても、中国のいわゆる公務員の人たちが、「いまは株だ!」と集団的に株に手を出していく姿を見ました。北京の農村では、農家の方々が朝9時までに農作業を終わらせ、株式市場が開くと同時にスマートフォンの画面を凝視していました。こちらも集団的に。

 こういう光景を眺めながら、中国市場の健全な発展、将来的な対中ビジネスを考えると、やはりプレイヤーたちの成熟が不可欠だと感じさせられます。松本さんは、中国のプレイヤーが成熟するために、どのようにコミットしていこうと考えていますか。

松本 もともと私たちは、中国の個人投資家に対する啓蒙から入ろうと思っていました。中国当局にも受け入れられる方法だろうし、それがいいだろうと思っていたからです。でも、それはなかなか大変です。やはり規模が大きすぎる。また、たとえ当局が望んでいることでも、個人投資家たちは「そんなのうざったい」と望んでないかもしれない。

 ずいぶん長いこと啓蒙活動を行い、そこにかなりのエネルギーも費やしました。ただ、結局はテイクオフしなかった。当局側にもそれはいいと言ってもらいましたが、かなり高邁な考えでもありましたよね。証券会社や銀行がそれにカネを出すかというと、それもなかなか難しい。「取引があるんだから、取引を増やすのに何かいいアイデアはないのか」と。

 投資家の教育に関するいまのスタンスは、国なり誰かやってくださいと変わりました。われわれも、マーケットの中でビジネスを追及するという考え方です。ある意味では、志が下がったのかもしれない。ただ別の意味では、先ほども言ったようにより現実的になったとも言えます。

加藤 松本さんの立場からは言えないこともあると承知のうえでお聞きします。これからの対中ビジネスで、どこを、どのように攻めていこうと考えていますか。

松本 やはり、個人投資家に対して資産運用サービスを提供することです。法律等もあるので、直接できるのかという問題もありますが、そこはうまくやれるような仕組みを整えている。

 香港には、マネックスBOOM証券という100%子会社があります。5年ほど前に完全買収しました。北京と香港の間でCEPA10(Closer Economic Partnership Arrangement)が締結され、香港のブローカーは中国本土内にフルライセンスの証券会社JV(ジョイントベンチャー)を設立できるようになりました。かつ、その香港証券会社は、中国本土フルライセンス証券JVの株式のうち51%を持てるという条約を調印しています。

 つまり、われわれが香港で買収したBOOMという会社は、中国本土内にフルライセンスの証券会社をつくれるわけです。それらを使うことで、中国本土内で中国の個人投資家に対してサービスを直接供給する会社やサービスをつくっていくことは可能だと考えています。

 もともと、われわれにとって教育は最終目的ではありません。中国の個人投資家に証券サービスを提供することであり、それが夢でもありました。絶対に何か貢献できるはずだと思っていたんですね。より現実的な路線を歩むようにはなりましたが、私のやりたいことはそのときから変わってないんですよ。