橘玲の世界投資見聞録 2015年8月27日

ボスニア・ヘルツェゴビナ、「スレブレニツァ虐殺」から
20年の今、教訓にすべきこととは?
[橘玲の世界投資見聞録]

 1995年7月11日、ボスニア・ヘルツェゴビナの街スレブレニツァをセルビア系の武装勢力が制圧し、その後の数日でボスニア人の男性7000人が殺害された。ボスニア紛争の残虐さを象徴するこの事件は、旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷と国際司法裁判所(ICJ)によってジェノサイド(集団虐殺)と認定されている。

 今年はこの「スレブレニツァ虐殺」から20年で、7月11日、和平にかかわった米国のクリントン元大統領や各国代表、遺族ら数千人が集まって現地で追悼集会が開かれた。この集会には、和解のためにセルビアのブチッチ首相も参加したが、墓地参拝に加わろうとしたところ、「出て行け」などと叫ぶボスニア人の集団が投石し、石が顔に当たって眼鏡が割れる騒ぎが起きた。

 ブチッチ首相は帰国後、「セルビアとボスニアの間に友情を築こうとした私の意図が、一部の人々に伝わらなかったことを残念に思う」と述べた。

 ブチッチ首相が追悼集会に出席するという「歴史的決断」をしたのは、「謝罪」がセルビアのEU加盟の条件とされているからだ。ボスニア人がブチッチ首相の出席を受け入れたのは、同様に「寛容(許し)」がEU加盟の条件になっているからだろう。国際社会から強い圧力をかけられていても、歴史問題における「和解」はこれほどまでに難しい。

 もっとも、ほとんどのひとはスレブレニツァのことなど知らないだろう。私も同じで、この事件に興味を持ったのはボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボにある「1995年7月11日記念館」を訪れたからだ。

サラエボの「1995年7月11日記念館」       (Photo:©Alt Invest Com)

 

 この記念館は、スレブレニツァ虐殺の被害者の写真や遺族の証言を集め、二度とこのような悲劇を起こさないよう、後世に虐殺の記憶を残すためのものだ。壁一面を埋め尽くす殺害された男性たちの写真には圧倒されるものがあり、夫や息子を奪われた女性たちの証言は胸を打つ。

 いったいなぜ、こんなに悲劇が起きたのだろう。

ボスニア人は、誕生してまだ20年の若い“民族”

 旧ユーゴスラビア解体にともなって1992年に勃発したボスニア内戦は、ボスニア・ヘルツェゴビナ地域に住むセルビア人、クロアチア人、ボスニア人の民族紛争だとされる。

 ボスニア人は旧ユーゴスラビアのイスラム教徒で、ボシャニャク人とも呼ばれている。だがこのボスニア人は、旧ユーゴの時代は「民族」ではなかった。彼らは「ムスリム(イスラム教徒)のユーゴスラビア人」で、同様にセルビア人はセルビア正教徒、クロアチア人はカトリック教徒のユーゴスラビア人だった。南スラブ系の同じ人種に属し、同じ言葉を話し、同じ生活習慣を持ち、同じ教育を受け、同じような考え方をする彼らを分かつものはただ、宗教のちがいだけだった。

 冷戦終了後、セルビアとクロアチアで民族感情が高まると、両者はボスニアのムスリムを自らの陣営に加えようと画策し、あるいは弾圧した。これによって、これまで自分たちのことを「民族」と考えたことのなかったムスリムのあいだに、「想像の共同体」としての民族意識が生まれ、「ボスニア人」がつくられていく。彼らは、生まれてからまだ20年しかたたない若い“民族”なのだ。

 旧ユーゴスラビア時代のボスニア・ヘルツェゴビナでは、異なる宗教のひとびとが何のわだかまりもなく平和に暮らしていた。それを破壊したのは、セルビアとクロアチアの極右勢力だ。彼らは自らの利権を拡大するためにナショナリズムを煽り、それに反対する者は容赦なく粛清した。

 ボスニア内のセルビア系(クロアチア系)の町や村にセルビア(クロアチア)の極右が入り込むと、真っ先に殺されたのは平和を望む穏健なセルビア人(クロアチア人)の指導者で、同じ民族の反対派を一掃してからボスニア人など少数民族を追い出していった。

 ボスニア内戦の実態は地域ごとに異なっていて、ある村ではセルビア人とクロアチア人が凄惨な殺し合いをし、別の村ではセルビアの民兵とクロアチアの武装勢力が仲良くサッカーに興じる光景があった。このちがいを生み出したもっとも大きな要因は、多数派と少数派の比率だ。

サラエボオリンピック(1984年)の聖火      (Photo:©Alt Invest Com)

 

 一般的な想像とは逆に、多数派が圧倒的な場合、少数派への民族浄化はほとんど起こらなかった。多数派は自分たちの権益が侵されないことを知っているのだから、少数派を弾圧してわざわざ面倒を起こす理由はなかったのだ(少数派も反抗はムダだとわかっていたから、差別に耐えるしかなかった)。

 それに対して両者の比率が拮抗していたり、三者の関係が不安定だったりすると、ひとびとはいつ何時、自分たちが少数派に追いやられるかもしれないという恐怖を抱くようになる。極右勢力はこの不安につけ込み、そうなれば家も土地も奪われ、すべての財産を失うと脅した。ひとびとがこの宣伝(プロパガンダ)を信じたのは、自分たちの同胞が実際にそのような目にあっており、あるいは少数派を“浄化”していることを知っていたからだ。

 このようにして、「自分や家族を守るためには“奴ら”を殺すしかない」という論理が広がっていく。

 この「恐怖と暴力のウィルス」は、なぜこれほどまでに急速に広まっていったのだろうか。それは、「セルビア人」「クロアチア人」「ボスニア人」が、宗教を除けばまったく同じだったからだ。“奴ら”が“俺たち”と同じことを考えているとわかっているからこそ、先に“奴ら”を殺さなければならないのだ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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