住民との重大な契約違反

広瀬 では、たとえば、IAEAモデルの4層、5層というのは、何ですか?

田中 事故が第3層を突破すると、いわば「シビアアクシデント領域」に突入するわけですが、4層は2つの段階に分かれています。
 まずは、シビアアクシデント、つまり、炉心損傷が起きないように事故の拡大を食い止めること。
 もう一つは、それにもかかわらず炉心損傷にいたってしまった場合には、それによる周辺環境への影響を可能な限り緩和することです。

 そして最後の5層というのは、4層でいろいろやったけれどシビアアクシデントの影響を緩和できず、放射性物質を大量放出した場合の、人と環境への放射線の影響の緩和、具体的にはどのように住民が避難するか、要するに防災対策です。

 日本の場合、1~3層はきわめて脆弱で、しかも4、5層はなかったのです。それでも原発事故は起きないと言い続けていました。

広瀬 日本では「原発の大事故は絶対に起こらない」という前提で立地自治体の住民に理解を求めてきたので、原発の至近距離にたくさんの人が住んでいます。フクシマ原発事故では、東京でさえ、われわれが大量に被曝したというのに。

田中 その通り。フクシマ原発事故が起こったので、原子力規制委員会と原子力規制庁はガラッと態度を変えて、原発大事故が起こることを認めました。
 そのときにどう対応するかというのが「新規制基準」
です。

 みな勘違いしていますが、大事故を未然に防ぐという基準ではないですよ。
 原発は「シビアアクシデント」を起こしうる、周辺地域に放射性物質を大量放出する可能性がある、と彼らは認めているのです。

 原発は潜在的に極めて危険であることを認めたというのが、「新規制基準」の基本的立場です。
 これは、重大事故は起きないと言われ続けてきた周辺住民にとって、命にかかわる重大な契約違反ですよ。

広瀬 2014年4月に山本太郎議員が、原発立地自治体の多数の議員さんの代弁者として、新規制基準で事故は起こるのか起こらないのか、イエスかノーで答えろ、と安倍政権に質問主意書を提出して尋ねました。

 住民にとっては100%大事故が起こらないという保証がなければ、再稼働などもってのほかです。
 だから、その明確な回答を求めたのですが、政府は何も答えませんでした。絶対に大事故が起こらないと言えないから、答えられなかったのです。
 新規制基準のもとで、住民にとっては、トンデモナイことが起きているのです。
(つづく)

世界一厳しい「新規制基準」が、<br />世界一アブナイ理由<br />――広瀬隆×田中三彦対談<前篇>