「幸せ食堂」繁盛記
【第十一回】 2015年9月17日 野地秩嘉

スペインの雰囲気で、
五島列島の鮮魚を味わう新橋のバル。
和食党オヤジと欧風料理好き女子が楽しく共存!

立ち飲みは嫌い……だったのだが

 立ち飲みは安い。店にもよるけれど、角打ちならば小売りの値段でビールや酒が飲める。つまみは缶詰のオイルサーディン、ピーナッツ、裂きイカ…。さっと入って、1杯、2杯を飲むくらいならば悪くはない。

 しかし、結局のところ、立ち飲み屋は落ち着かないのである。腰を据えて飲もうという気が起こらない。もっと言うと、つまみや料理のおいしい立ち飲み屋に出会ってなかったのである。

 そういうこともあって、これまで、わたしは角打ちや立ち飲み店を敬遠していた。ところが、最近、遅まきながら、本気で探せば「腰を据えて飲める立ち飲み」、「料理のおいしい立ち飲み」があることがわかった。

 たとえば、新橋にある「東京立ち飲みバル」がそうだ。立ち飲みを謳っているが、同店には20のスツールがある。飲んでいる人はだいたい腰かけている。その風景を見ただけで、わたしの情緒は安定する。料理も悪くはない。なんといってもリーズナブルな値段である。

 特記したいのは、そこはスペインバルなのに、ワイン、シェリー、生ハム、イベリコ豚などのスペイン風のものを飲み食いしなくとも、満足することができる。

 たとえばこういうケースが想定できる。

 和食党のオヤジが職場の女子から「スペインバルに連れて行って」とせがまれたとする。それまで、オヤジは「スペインか? 気に食わんな」と思っていたから、泣く泣く女子の誘いを断っていたのである。ところが、東京立ち飲みバルの存在を知ってしまえば、オヤジはあつかましくなることができる。

「よし、行こう」と胸をどんと叩いて、女子を案内できるのである。

 同店では女子は女子なりにスペインの飲食物を楽しめばいい。生ハムをつまみにシェリーやワインをがんがん飲めばいい。スペインオムレツでもいい。パスタやピザもある。

 一方の和食党オヤジはビールと焼酎を注文すればいい。酒の肴は五島列島直送の鮮魚である。真鯛の刺身、兜焼き、バターしょうゆ蒸しがある。両者、共存共栄できるのである。

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野地秩嘉 1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務、美術プロデューサーなど を経て、ノンフィクション作家に。食や美術、海外文化の評論、人物ルポルタージュ など幅広く執筆。近著に、「TOKYOオリンピック物語」「イベリコ豚を買いに」「打 ち合わせの天才」「アジア古寺巡礼」「アジアで働く いまはその時だ」など。


「幸せ食堂」繁盛記

この連載は、味がよく、サービスも悪くなく、値段はリーズナブルで、しかも、できればハイサワーやホッピーを置いている店のグルメガイドだ。ここで紹介される店は、金持ちの社長やグルメ評論家はまずいない。著者は、そういう店を「勤労食堂」「国民酒場」と呼ぶ。そこでは客が微笑しながら食べている。ほほえみながら食べている人と一緒にいることは至福だ。人生の幸せは勤労食堂もしくは国民酒場にある。

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