橘玲の世界投資見聞録 2015年9月10日

ユーゴ内戦でジェノサイド=民族浄化を生み出した
バルカン半島の「歴史の記憶」
[橘玲の世界投資見聞録]

 旧ユーゴスラビアの解体にともなって1991年から2000年にかけて、クロアチア、ボスニア、コソボなどを舞台にセルビア人、クロアチア人、ボスニア人(ボシャニャク人)の三つ巴の凄惨な内戦が勃発した。その象徴的な事件が、1995年7月にボスニア人男性7000人が殺害された「スレブレニツァの虐殺」だ。

[参考記事]
●ボスニア・ヘルツェゴビナ、「スレブレニツァ虐殺」から20年の今、教訓にすべきこととは?

 ユーゴスラビア紛争は当初、過激な民族主義(大セルビア主義)を唱えるセルビアに対してスロベニアやクロアチアが民族自決を要求し、その後は(セルビア人主体の)旧ユーゴスラビア政府に抵抗するボスニアやコソボのムスリムが「民族浄化」の犠牲になった、という「わかりやすい物語」が欧米メディアで大々的に報じられた。

 こうした勧善懲悪の善悪二元論に当初から懐疑的だったのが日本のジャーナリストたちで、欧州政治の利害関係から自由な彼らは、この内戦がはるかに複雑な問題を抱えていることに気づいていた。講談社ノンフィクション賞・新潮ドキュメント賞をダブル受賞した高木徹氏の『ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争』 (講談社文庫)、Jリーグ名古屋グランパスのスター選手(のちに監督)だったドラガン・ストイコビッチとの出会いからユーゴ内戦を取材した木村元彦氏の『悪者見参 ユーゴスラビアサッカー戦記』 (集英社文庫) 、ボスニア出身の元サッカー日本代表監督イビチャ・オシムの通訳を務めた千田善氏の『ユーゴ紛争はなぜ長期化したか 悲劇を大きくさせた欧米諸国の責任』(勁草書房)などがその代表的な作品だ。

『戦争広告代理店』で高木氏は、セルビア人を加害者、ボスニア人を被害者とする内戦の構図が生まれた背景に、アメリカの凄腕PRマンの情報操作があったことを説得力をもって示した。木村氏はセルビア人サッカー選手への取材からユーゴ内戦の報道があまりにも一方的であることを、千田氏はドイツをはじめとするEU諸国の独善的な関与が事態を泥沼化させたことを鋭く告発した。

ベオグラード。空爆されたビル         (Photo:©Alt Invest Com)


 東欧史・比較ジェノサイド研究の佐原徹哉氏の『ボスニア内戦 グローバリゼーションとカオスの民族化』(有志舎)は、膨大な文献と資料を渉猟し、客観的・中立的な立場から凄惨な民族浄化の歴史的経緯をまとめた日本人歴史家によるきわめてすぐれた仕事だ。ここでは佐原氏の労作に依拠しながら、「歴史の記憶」が如何にしてジェノサイドを生み出したのかを見ていきたい。

バルカン半島に3つの民族集団が生まれた背景

 バルカン半島の中西部では中世初期以来、南スラブ語に属するセルビア・クロアチア語を話す集団による封建国家の興亡があり、14世紀以降はハプスブルク帝国(オーストリア=ハンガリー帝国)とオスマン帝国(オスマントルコ)の支配下に置かれた(それに対して、バルカン半島西端に住むアルバニア人は、南スラブ人とは異なるインド・ヨーロッパ語族系の民族とされる)。

 オスマン帝国時代は、土着のスラブ系封建領主階層がイスラームに改宗し、トルコ系の官僚とともに地主・行政エリート層を形成していた。それに対して正教(セルビア、モンテネグロ、マケドニア)かカトリック(クロアチア、スロベニア)かにかかわらず、キリスト教徒のスラブ人の多くは農民・小作人で、宗教が社会階層に直結していた。都市部の商人・職人層はイスラーム、農村部はキリスト教という文化的棲み分けも顕著だったが、その一方で宗教は絶対ではなく改宗も日常的だったという。

 19世紀になると、フランス革命に端を発した民族国家(国民国家)の波がバルカン半島にも押し寄せ、オスマン帝国の退潮もあって民族意識が形成されるようになる。

 1804年には、現在のセルビア共和国中央部に相当するシュマディア地方で、ムスリム地主層の収奪に抵抗するキリスト教徒農民の大規模な反乱が勃発した。農民たちは当初、ムスリム地主の専横に抵抗しただけでスルタンには忠誠を誓っていたが、事態を重く見た中央政府が軍隊を派遣したことで、オスマン帝国からの独立を求める民族運動へと発展した。彼らが中世セルビア国家の継承者を名乗ったことが、セルビア民族主義の原型とされる。

聖サワ正教会(ベオグラード)      (Photo:©Alt Invest Com)


 農民反乱に手を焼いたオスマン帝国は、1816年にセルビア公を任命して自治権を与え、自治領内でのムスリムの居住を禁じた。こうしてセルビア人首長がセルビア人を統治する政治体制が生まれ、この「国家」を中心にセルビア人意識が広がっていく。

 同じ時期、ハプスブルク帝国南部に暮らすカトリック教徒のスラブ人のあいだにも口語による文芸運動を端緒とする民族運動が起こり、それが政治運動へと変わっていく。彼らは中世クロアチア国家の継承者として、クロアチア人と呼ばれるようになる。

 オスマン帝国支配下のボスニアでは、ムスリムのスラブ人は支配集団と一体化して「トルコ人」を名乗っていた。1878年にボスニアがハプスブルク帝国に占領されると彼らは「トルコ」から切り離されたが、オーストリア政府は大土地所有制に反抗する零細農民たちのセルビア民族主義を警戒し、ムスリムを優遇した。その結果彼らは、セルビア人でもクロアチア人でもない「ムスリム(イスラーム教徒)」という独自のアイデンティティを獲得することになる。

 このようにして19世紀後半から20世紀の直前にかけて、農業問題など社会経済的対立からバルカン半島に3つの民族集団意識が生まれることになった。だがこうした歴史的経緯から明らかなように、彼らはもともと(南スラブ人という)出自を同じくしており、「固有の民族」ではなかった。

1915年、最初の「民族浄化」が起きた

 1908年にハプスブルク帝国がボスニアを正式に併合すると、急速に近代国家の陣容を整えつつあったセルビア王国との対立は決定的なものになった。1914年6月28日、セルビア民族主義者の青年がハプスブルク家の王位継承者フランツ・フェルディナント夫妻をサラエボで暗殺し、第一次世界大戦が勃発する。

 ボスニアの帰属をめぐってオーストリア=ハンガリー帝国とセルビア王国が戦争に突入すると、ハプスブルク政府は帝国内のセルビア人に対する徹底した弾圧を行なった。ボスニア総督スティエパン・サルコティチは公開裁判や即決裁判などで5000人を処刑し、領内のセルビア人の追放・強制収容によって10万人以上が故郷を追われた。またクロアチア人や「ムスリム」から編成された特殊部隊が農村部でセルビア人の大量虐殺を行ない、これがボスニア史上初の「民族浄化」とされている。

 1915年10月、ブルガリアの参戦によってセルビア軍は敗北し、セルビア国王は牛車に揺られてコソボからアルバニアにかけての山岳地帯を抜け、ギリシア領のコルフ島に亡命した。このときの飢えや寒さ、アルバニア人の襲撃などによって24万人以上が死亡したとされている。

 ハプスブルク帝国に占領されたセルビア全土は2年半にわたって過酷な食料徴発や弾圧に苦しみ、10万人以上が追放されるか強制収容所に送られ、飢餓とチフスによって15万人以上が死亡した。当時のセルビア王国の人口が450万人だから、そのすさまじさがわかるだろう。

 だが1917年になると戦況は逆転し、ギリシア領内で再編されたセルビア軍はフランス軍とともに進撃、ブルガリア軍を破って国土を解放した。

 戦勝国の一員となったセルビアは、その大きな犠牲に見合うだけの領土拡大を求めることになる。このとき台頭したのが、クロアチアやスロベニアを含む南スラブ地域全体の統一を目指す「大セルビア主義」だ。

ベオグラード要塞に展示された兵器         (Photo:©Alt Invest Com)

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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