宝石店から「青汁」販売へ

「そこで岡之上社長は気づいたんですって。
『そうか! 磁気ネックレスを10個買う人なんていないんだ!』」

「そんなにつけたら、よけい肩凝っちゃいますもんね」
洋介が言うと、桜子は声をあげて笑った。

「あはははは! そうよねえ! うまいわ、洋介くん」
おかわりのアイスコーヒーを飲み干すと、桜子は言った。

「岡之上社長は、その後すぐ、宝石販売業をやめて、健康食品を製造する会社をつくったのよ。主に青汁をつくっているらしいんだけど」

「えっ、そんなに急に?」

「ちょうど磁気ネックレスの自社製造工場をつくろうと準備していたそうなんだけど、それを急きょ青汁の工場に、建設計画を切り替えたんですって。そのズバッと切り替える判断力と決断力が、私が岡之上社長をすごいと思うところね。儲かるところに自分が動いていくっていうのは、大事なことよ。

それに、健康食品の製造業っていうのはね、ある商品を開発して売りたい会社と一緒にオリジナルを開発して、その製造を請け負うの。だから、いくらでもバリエーションがつくれるし、しかも一度きりじゃなくずっと継続してつくり続けることができるのよね。

今、岡之上社長の会社は大成功しているわ。世の中に出回ってる青汁商品の3分の1は、岡之上社長の会社が製造しているのよ」

青汁の3分の1って……。いったいどれだけ儲かるんだろうか。そんなことは今の自分には遠い世界の話だった。この女性はきっと、バリバリ働いて、いつもこんな輝かしい世界にいるのだろう。

洋介にはそれが眩しくも羨ましくもあり、別次元のような気持ちで聞いてしまっている自分が、なんとも情けなかった。
「なかなかできることじゃないですね」
「そうでもないわよ」

桜子がズバッと切り返したので、洋介は驚いた。
「えっ?」

「さっきも言ったでしょ? 自分はできるって、アタマを切り替えてごらんなさいよ。自分の脳にいい質問をするの」

「脳に? 質問?」

「脳っていうのは、問いかけに答えるようにできているのよ」

「脳が答える……?」

「そうよ。悩んでいても答えは出ないわ。考えて、問いかけるの。もしこの店を儲かる店に変えるとしたら、あなたならどうする? 何ができる?」
「僕ですか……?」

「そう。自分の脳に問いかけてみて」

「脳に……」

「『はちみつと宝石、どっちが儲かる?』と聞かれたらイメージでなんとなく、宝石のほうが儲かりそうと思っちゃうわよね。でも、儲ける仕組みはどっちが優れていたか。この場合、はちみつ屋の戦略の圧勝よ。なぜなら、継続して商品を買い続けてもらう仕組みがちゃんとできていたから。

儲かるところには必ず、儲かる仕組みがあるの。それには、過去の常識や先入観を捨てて物事を見ること。
洋介くんもその仕組みを見つけたら、必ず変われるわ」

必ず変われる。

「あきらめないで、自分には無理だなんて思わないで、考え続けるの。人はどれだけ悩んでも答えは出せないけど、ちゃんと考えた人には必ず答えは出るから。脳にいい問いかけをし続けていれば、脳はちゃんと答えを出そうとするのよ」

桜子にそう言われて、洋介は、視界がぱあっと開けるような感覚におそわれた。久しぶりの明るい感覚だった。

俺も、変われるだろうか?
俺にも、答えが出せるだろうか。
ちゃんと、考えたら、答えは必ず出る……。
じゃあ、俺はどうしたら。
そう聞きかけたとき、桜子の携帯が鳴った。

「はい。あ、メディカルトレンドさんもう来られた? 10分前か。ごめんごめん、急いで戻るわ」

桜子は椅子から立ち上がり、財布から札を出しながら、
「今度来るときまでの宿題。考えておいてね。ヒントは『継続』。あなたなら、どうやってお客さんから継続して買ってもらえる仕組みをつくるか」

そう言って、ニコッと笑った。またあの顔だ。驚かせといて、最後に見せる、屈託のない優しい笑顔。

「あの、お客様。お名前、教えていただいてよろしいですか」
「私? 桜子、遠山桜子。じゃあ、また来るわね。ごちそうさま!」
桜子が、颯爽とドアを開けた瞬間、外からの風が勢いよく店内に吹き込んだ。そのまま強い風の中へと足早に去っていく桜子の背中に、洋介はいつもより大きな声をかけた。

「ありがとうございました!」
桜子が振り返って、風に揺れる髪を片手で押さえながら、もう片方の手を振っている。口元が、
「がんばって」
と言っているようだった。

再び前を向いて桜子は向かい風の中を歩き始めた。その背中を見送る洋介もまた、心の中に新しい風が吹き込むのを感じていた。