脚本・演出の和田氏が
作品に込めた思い

──あの原作を脚本化するうえでどのような苦労がありましたか?

和田憲明(以下、和田) 一つには、アドラーの理論や岸見先生および古賀さんの考えを扱わせて頂く以上、間違った理解をせずに使いたいと考えました。その点についてはしっかり原作に沿うという方向を決めたので、原作どおりのセリフも利重剛さんが演ずる役にたくさん語らせています。ただ、ストーリーの展開上なかなかうまくはまらないところもあって脚本完成までは非常に苦労しましたね。

ベストセラー『嫌われる勇気』が<br />サスペンスフルな舞台劇に!(1)演出中の和田氏(右)

──たしかに原作に登場する「哲人」は、脚本では大学教授としてアドラーの教えを原作と同様に語っています。他の登場人物たちの悩みに答えていくシーンはとても自然で説得力がありました。

和田 ありがとうございます。もう一つ苦労したのは、やはり自分の正直な思いを作品に込めたかったという点です。そこは小嶋尚樹さん演ずる刑事役に仮託しています。私自身としては原作にすごく好感を持ち、あぁアドラーの教えってそういうことなんだと思いつつ、一方で本当にそれで世界が救われるのか、誰もが幸せになれるのかと考えてしまうわけです。そうした色々なモヤモヤしたものを封じてしまうのではなく、うまく使えないかなと。そこで刑事が教授の教えをいったんは理解した気になったもののまた絶望したりと、非常に葛藤する形で表現しました。そういう点は自分勝手に苦労しましたね(笑)。

──なるほど、そのあたりは原作の「青年」の役割にも通底するかもしれませんね。それにしても、あの原作をサスペンスドラマにするという発想には驚きました。

和田 正直、書き始めてから後悔しました(笑)。もともと私はどちらかというと哲学などに対してアンチな傾向の人間なので、刑事もののテイストをメインにして原作の『嫌われる勇気』はエッセンスを使うくらいに考えていたんです。ところがより原作に忠実にという方向に変わったとき、諦めるのはいやだからサスペンスの部分も入れて押し切ろうと思ったんです。でも、やはり大変でした(笑)。原作やアドラーの理論をちゃんと使いつつ、当初思っていたサスペンスの方向も活かすというのは予想以上に難しかったですね。

──そうした苦労の末にできあがった作品で、観客の皆さんに一番伝えたいのはどんなところでしょう?

和田 やはり芝居ですから、芝居としての部分はしっかり観ていただきたいです。アドラーの教えだけがわかったとか、岸見先生や古賀さんの考えだけが理解できたとかではなく、演劇として舞台に出ている人を見てほしい。そのうえで、今言ったような、以前は哲学が嫌いだった私が今考えていること、つまり哲学って必要だし希望なのかなという気もするし、一方でまだまだ信じ切れない気もして、そのへんをありのままに受け取ってもらえれば本望だなと考えています。その結果、哲学はいいなとか、いや信じられないとか思う人がいても自分は構わない。おそらく原作者の岸見先生も古賀さんもそう思ってくださると信じています。

──では、観に来て下さる方々に一言お願いします。

和田 今のような稽古の時期って「頑張ります!」としか言えないんですよね(笑)。一生懸命よいものを作ろうと最善の努力をしていることは間違いありません。それだけは今からでもはっきり言えます。ですので、是非期待をして劇場まで観に来てください。