ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
新聞・週刊誌「三面記事」を読み解く

豪で増えすぎたコアラを安楽死、
どこかおかしい動物愛護派の主張

降旗 学 [ノンフィクションライター]
【第130回】 2015年9月26日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage

 シルバーウィークの最終日に、ちょっと悲しいニュースが入ってきた。

 オーストラリア・ビクトリア州政府は、メルボルンの南西約一五〇キロにあるケープオトウェイ国立公園で増えすぎたコアラを三〇〇~四〇〇頭ほど調査し、健康状態が良くないと判断した場合、「安楽死」させることにしたというニュースだ。

 コアラと言えばオーストラリアのシンボルである。オーストラリアと言えば誰もが真っ先に思い浮かべる動物でもある。オージー(オーストラリア人の略)は、日本の捕鯨にはあれだけ反対しているくせに、自国のシンボルは平気で殺処分しようとしているのである。まさに、Oh! Gee! ではないか(クリスチャンの方がお読みになっていたらお詫びします)。

 オーストラリアは、今年三月にもコアラの過剰生息が餓死につながるとして七〇〇頭ものコアラを「間引き」していた(五月には判明しただけでさらに四十八頭)。遡れば間引きの数はもっとになるに違いないが、殺処分はコアラだけかと思いきや、彼らはやっぱりオーストラリアの人気者カンガルーを三万~七万頭前後、毎年のように射殺、あるいは撲殺してもいるのだそうだ。

 牧場や農園を荒らす、コアラと同じように数が増えすぎたとの理由で牧場主などには「狩り」の許可がおり、彼らがカンガルーを「狩る」のだ。かつて彼らの祖先がオーストラリアの先住民族アボリジニを狩っていたように(アボリジニ狩りは入植白人たちの週末の余興だった。翌日の新聞には、誰々が××人、アボリジニを仕留めたという記事が載ったほどだ。実話です。私はシドニーの州立図書館でその記事をコピーしてきました)。

 そして、狩ったカンガルーの肉は食用に販売される。なんかおかしくないか? クジラはダメだが、コアラやカンガルーは殺してもいいのか? オーストラリアの生態系コンサルタントが言うには、カンガルーの数はむしろ大幅に減少しているらしいってのに。

 オーストラリアは、かつては日本を凌ぐほどの捕鯨大国だった。イギリス人の入植が始まったのが一七八八年。それから約二〇〇年後の一九七九年に捕鯨禁止を定めるまで、オーストラリアは大々的にクジラを獲っていた。メルボルン近郊の海岸部には鯨漁港がいくつもあったくらいだ。

 オーストラリアは羊毛の輸出が盛んだが、一八三三年まではクジラ製品の輸出量が羊毛を上まわっていた。彼らはクジラから油を取り(鯨油)、骨をコルセットや傘の骨に使い、マッコウクジラからはクジラ蝋や竜線香(香料)を取り、歯は彫刻にしていた。

 だが、何故か何だかどーしてか、彼らはクジラ肉を食べなかった。いまもなおアフリカでは、象牙の売買のみを目的に象を殺し顔を剥ぐ無慈悲な密猟者が後を絶たないが、オーストラリア人がやっていた捕鯨はそれと同じようなものだ。油や香料を取るためだけの捕鯨だったのだから。

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR
【デジタル変革の現場】

企業のデジタル変革
最先端レポート

先進企業が取り組むデジタル・トランスフォーメーションと、それを支えるITとは。

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

降旗 学[ノンフィクションライター]

ふりはた・まなぶ/1964年、新潟県生まれ。'87年、神奈川大学法学部卒。英国アストン大学留学。'96年、小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。主な著書に『残酷な楽園』(小学館)、『敵手』(講談社)、『世界は仕事で満ちている』(日経BP社)他。


新聞・週刊誌「三面記事」を読み解く

三面記事は、社会の出来事を写し出す鏡のような空間であり、いつ私たちに起きてもおかしくはない事件、問題が取り上げられる。煩瑣なトピックとゴシップで紙面が埋まったことから、かつては格下に扱われていた三面記事も、いまでは社会面と呼ばれ、総合面にはない切り口で綴られるようになった。私たちの日常に近い三面記事を読み解くことで、私たちの生活と未来を考える。

「新聞・週刊誌「三面記事」を読み解く」

⇒バックナンバー一覧