橘玲の日々刻々 2015年10月13日

番長やヤクザが排除され、「監視社会」が到来した
[橘玲の日々刻々]

 大阪・寝屋川市で中学1年生の男女が殺害された事件では、現場付近に設置されていた監視カメラが犯人逮捕の決め手になりました。それ以外でも渋谷駅の地下鉄駅構内の殺傷事件や、長崎県で幼稚園児が誘拐され、立体駐車場から投げ落とされて殺された事件など、監視カメラが犯人の特定につながったケースは枚挙にいとまがありません。いまでは、まずカメラの映像を調べるのが犯罪捜査の常道になっているようです。

 統計的な事実を確認しておくと、多くのひとの実感とは逆に、日本の犯罪被害は減少の一途をたどっています。少年犯罪の減少も顕著で、世間でいわれる「低年齢化」とは逆に、犯罪のピークは18~20歳に「高齢化」しています。さらに、世代別でもっとも犯罪者が増えているのは高齢者です。

 とはいえ、「治安の悪化」をたんなる錯覚だと決めつけることもできません。「治安感覚」は、たしかにむかしとは変わってきているからです。

 公立高校の教師から、「かつては番長が学校の治安の下限を決めていた」という話を聞いたことがあります。70年代くらいまではどの学校にも番長をリーダーとする不良集団がいて、長ランという丈の長い学生服を着て、校内で煙草を吸ったり、授業をさぼって他校の不良と喧嘩したりしていました。

 番長組織には厳しい掟があります。番長より派手な長ランを着ることができないのはもちろん、彼らの喫煙場所が体育館裏だとすると、他の生徒は校内のそれ以外の場所で煙草を吸うことは許されません。番長がカツアゲを禁じていれば、一般生徒が下級生を強請るのは制裁の対象です。

 そこで有能な教師は、新学年になると、まず新しい番長と話をつけたのだそうです。そこで学校の治安の「下限」が決まれば、教師も一般生徒も、それよりヒドいことは起こらないと安心できます。最近の底辺校では教室内の喫煙も珍しくなくなったようですが、番長がいる時代にはこのようなことは考えられませんでした。

 一般社会において、これと同じ役割を担ってきたのがヤクザです。山口組三代目の田岡一雄組長は、ヤクザはあぶれ者に居場所を与え、社会の最底辺を安定させる「必要悪」だと述べましたが、警察の認識もこれ同じで、マル暴の刑事の仕事は暴力団を壊滅させることではなく、彼らに治安維持の仕事を肩代わりさせることでした。市民社会もヤクザの存在に寛容で、地域のもめごとは警察ではなくヤクザの組長に持ち込まれるのがふつうでした。

 しかしこうした「前近代性」は80年代以降、急速に失われ、学校からは番長がいなくなり、ヤクザは「市民社会の敵」として排除の対象になっていきます。そしてこれと軌を一にして、学校でも社会でも「治安の下限」が決まらなくなったのです。

 「番長がいなくなって、学校はなにが起きるかわからないところになった」と高校教師はいいました。少年犯罪は減っているにもかかわらず、教師や生徒の不安が増しているのはこれが理由でしょう。

 暴対法でヤクザが排除され、日本社会は統計上はより安全になりましたが、ひとびとの不安は逆に高まっています。こうして私たちは、あらゆる場所に監視カメラが設置される「監視社会」を望むようになったのです。

参考文献:浜井浩一、芹沢一也『犯罪不安社会 誰もが「不審者」?』 (光文社新書)

 

『週刊プレイボーイ』2015年10月5日発売号に掲載

 

橘 玲(たちばな あきら)

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、歴史問題、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ最新刊『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。●橘玲『世の中の仕組みと人生のデザインを毎週木曜日に配信中!(20日間無料体験中) 


作家・橘玲の切れ味鋭い見解が毎週届く!
有料メルマガの
無料お試し購読受付中!
お試しはこちら

橘玲の書籍&メルマガのご紹介
世の中(世界)はどんな仕組みで動いているのだろう。そのなかで私たちは、どのように自分や家族の人生を設計(デザイン)していけばいいのだろうか。
経済、社会から国際問題、自己啓発まで、様々な視点から「いまをいかに生きるか」を考えていきます。質問も随時受け付けます。
「世の中の仕組みと人生のデザイン」 詳しくは
こちら!
橘 玲の『世の中の仕組みと人生のデザイン』 『橘玲の中国私論』好評発売中!

バックナンバー

»関連記事一覧を見る

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。