「技術的革新」より
「意味的革新」に着目する時代

 企業経営の中で大きな経営課題となっているイノベーション。イノベーションを起こすにはどうすればいいか、という問いの答えを考えるとき、「発想を変える」、特に「技術者の発想を変える」はとても重要なポイントだと思います。

 イノベーションというと、技術の進歩にばかり目が行きがちですが、昨今のイノベーションの多くは、劇的な技術進歩による技術的な革新よりも、新しい価値観を生み出す「意味的な革新」が起きたときに市場に大きなインパクトを与えるケースが多く見られます。

イノベーションは、最初は不格好で成功しそうに見えないとくしげ・ももこ
上智大学文学部哲学科卒業。コンサルティング会社勤務を経て、平成8年SRIインターナショナル入社。平成14年より、ストラテジック・ビジネス・インサイツ(旧SRIコンサルティング・ビジネス・インテリジェンス)のディレクターとなる。平成16年東京理科大大学院MOT助教授として就任し、平成18年より現職。商品開発、ブランド力診断などのマーケティング戦略策定やシナリオプランニングによる事業戦略関連のプロジェクトに携わる。また、生活者価値観を理解する基軸Japan-VALSプロジェクトもリード。食品、家電、通信機器、医薬品、車、住宅等の分野でのプロジェクト経験が豊富。

「iTunesとiPod」が音楽プレイヤーにもたらした意味の変化は、すでに古典的な例と言えるかもしれません。音楽プレイヤーにおいて、技術者がスペックの領域を見つめ、より軽く、より良い音質など、そこへどれだけ自社の技術を盛り込めるかという発想で開発競争を続けていたところに、「iTunesとiPod」はスペックではなく、「自分の好きな曲だけをとり合わせる」、「溢れる音楽のライブラリーをストレスなく整理する」という、それまでになかった新しい発想・価値観を持ち込み、あっという間に一大市場を形成してしまったのはその象徴といえます。「iTunesとiPod」はものが提供する価値、その意味を大きく変化させてしまったのです。

 iPodが販売された翌年に米国留学が決まった友人が、「これで自分のCDをすべて持って行ける。自分の一生分の音楽ライブラリーを入れても、まだ余裕がある」と言って嬉しそうにiPodを見せてくれたことが強く印象に残っています。

 iPod自体を作る技術はどのメーカーも持ち合わせていたでしょう。しかし、どのような体験や価値を提供するのか、そのためにどのようなエコシステムが準備されなければならないかなどの音楽プレイヤーが提供する意味の革新に向かう発想は、他社の技術者には不足しており、革新的なイノベーションには至らなかったのではないでしょうか。

 イノベーションを「技術の革新」と「意味の革新」という2つの基軸を用いて整理する方法は、ミラノ工科大学のロベルト・べルガンティ教授によって提唱されました。べルガンティ教授はその著書『デザイン・ドリブン・イノベーション』の中で、「技術の急進的な革新」だけに目を向けるのではなく、商品・サービスがもたらす「意味の新たな生成」という2つの次元で破壊的イノベーションを捉えることで「イノベーションの枠組みを拡張する」ことができると指摘しています。

 この2軸展開は、具体的にプロットされる商品・サービス例を見た方がわかりやすいと思いますので、下図を参照してください。

イノベーションは、最初は不格好で成功しそうに見えない

 最初にお話した「iTunesとiPod」は、技術と意味の両方が進化した右上の象限にあります。対して、従来通りの価値観に沿ってサイズや容量、音質を争っていた他社の音楽プレイヤーは左上の象限に位置します。

 確かに、好きな音楽を負担なく屋外に持ち出すという従来型の音楽プレイヤーが持つ意味をより優れた技術でサポートしているのですが、そこに新たな意味は提案されていません。

 もうひとつ挙げたダイソン掃除機とルンバとの対比は私の好きな例です。ダイソン掃除機は衰えない吸引力という技術革新で、従来からの掃除機が持つ価値を進化させていますが、一方ルンバは家事からの解放という新しい意味の革新を、技術の革新を伴って提案してくれています。両者は共に家電量販店の掃除機コーナーで販売されていますが、提案している価値、その商品が持つ意味は全く異なっているのです。