橘玲の世界投資見聞録 2015年10月22日

「借りたカネを踏み倒す“特権”」を失った
ギリシアの虚しい総選挙
[橘玲の世界投資見聞録]

 ギリシアの総選挙が9月20日に行なわれ、チプラス前首相率いる与党・急進左派連合(SYRIZA)が勝利した。私はその日にアテネに滞在していたのだが、これは選挙に合わせたからではなくただの偶然だ。

 ギリシアでは7月5日にも、欧州連合(EU)が求める緊縮財政策を受け入れるかどうかをめぐって国民投票が行なわれた。ほんとうはこの時期に行きたいと思っていたのだが、仕事の都合で9月に延ばしたらたまたま総選挙の日と重なったのだ。

総選挙当日、国会議事堂前のシンタグマ広場で開票速報を見るひとたち

 

 そもそもこの総選挙は、なんのためにやるのかよくわからないものだった。

 7月の国民投票の投票率は62.5%で、緊縮財政策への反対が61.31%、賛成が38.69%だった。EUは支援の前提として財政再建を絶対条件にしているのだから、これを受け入れられないのなら、ギリシアは交渉の席を蹴ってユーロから離脱しなければならないはずだ。

 ところがあろうことか、ギリシア国民の“総意”を背に交渉に臨んだチプラスはEU(すなわちドイツ)の要求をまる飲みしてしまった。「なんのための国民投票だったのか」という批判が出るのは当然で、それをかわすためにわずか2カ月後に総選挙が行なわれたのだ。

 7月の国民投票は世界じゅうの注目を集め、CNNがリアルタイムで開票速報を中継するなど、“政治ショー”として大きな興行的成功を収めた。国会議事堂のあるシンタグマ広場でも、「EU脱退」と「ユーロ残留」を掲げる2つのグループが連日のように集会を行なっていたようだ。

 ところが今回、総選挙の前日だというのにシンタグマ広場には観光客しかおらず、あとは中継車が1台と、野党・新民主主義党(ND)のブースにスタッフが何人かいるだけだった。選挙当日の国会議事堂前も、集まっているのは観光バスを待つあいだに衛兵と記念写真を撮ろうとする旅行者ばかりで、警備の警察官も手もちぶさただった。

総選挙前日のシンタグマ広場。いるのは観光客ばかり
総選挙の朝の国会議事堂。ひとびとが集まっているが…。
国会議事堂前で衛兵と記念写真を撮る観光客


 この総選挙には、日本からもテレビ局の取材クルーが来ていたようで、翌月曜の朝にエレベーターで彼らと一緒になった。取材のアテンドをしたと思しき女性が、「ギリシアってけっきょくこういう国なんです」というと、ディレクターらしい若い男性が「むなしいって言葉しかないですよ。なんのためにこんなとこまで来たのか。いまは一刻も早く帰りたいってだけですよ」とこたえた。

 この短い会話に、すべてが集約されていた。すなわち、2度目の“政治ショー”はぜんぜん盛り上がらなかったのだ。

現代ギリシアは「民主化」されて40年しか経っていない

 いまさらいうまでもないことだが、問題の本質は、ギリシア政府が過剰な債務で身動きがとれなくなっていることにある。債務が膨らんだ理由は2004年のアテネ五輪を見込んだ無謀な投資と、政治家による有権者へのばらまきだ。

 ギリシアは「民主主義誕生の地」とされるがこれは3000年も昔の話で、1453年に東ローマ帝国(ビザンツ帝国)が滅亡してからの400年はオスマン帝国の一部で、1830年に英仏露の三国の保護下でギリシア王国として独立を果たしたものの、国王はドイツ(バイエルン王国)から迎えねばならなかった(オソン1世として即位)。その後は独裁と内戦を繰り返して、ようやく民主的な選挙が定着したのは1970年代だ。すなわち、現代ギリシアは「民主化」されてからまだ40年しか経っていないのだ。

 第二次世界大戦が終わって冷戦が始まると、アメリカと西ヨーロッパ諸国(NATO)の関心は如何にしてソ連の軍事的膨張を抑止するかに集中した。ソ連海軍の最大の要衝は黒海クリミア半島のセバストポリで、軍艦が外洋に出るためにはトルコのボスポラス海峡を抜けてエーゲ海を南下しなければならない。この地政学によって、ギリシアの重要性はNATOにとって決定的となった。1947年に共産主義勢力(ギリシア民主軍)による武装蜂起と内戦が起きたことでアメリカの関与が強まり、1968年にはアメリカが支援するクーデターで軍事独裁政権が誕生している。

 こうした政治の混乱期にギリシアは何度も“財政破綻”しているが、それが国際的な問題になることはなかった。市場がいまほどグローバル化していなかったこともあるが、NATOとしては、ギリシアの財政がどうであれ援助する以外の選択肢はなかったのだ。この時代、ギリシアの政治家にとって(他国からの)借金は踏み倒すのが当然だった。

 だが冷戦が終わってソ連(ロシア)の脅威が相対的に低下すると、ギリシアとヨーロッパの関係も変わってきた。それまでギリシアは「(軍事独裁の)発展途上国」扱いだったのが、民主化とユーロ加盟(2002年)を経て「ヨーロッパの一員」に見事に昇格したのだ。これはギリシア人のナショナリズムを大いに満足させただろうが、「借りたカネを踏み倒す“特権”」を失うことでもあった。だがギリシアの政治家も国民も、この「不都合な事実」に自覚的だったようには思えない。

 ギリシア危機は時限爆弾みたいなもので、こうなることは最初から決まっていたのだ。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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