訳者あとがき

「日本ではいまも文化的に、母親が家にいることが理想と考えられており、女性が結婚と家庭と仕事のバランスを取るのは難しい」。日本の労働年齢人口について論じた部分(第2章)で、著者マシュー・バロウズはこのように指摘している。

この分厚い本のなかで、バロウズが日本の状況を論じる部分は決して多くない。個人のエンパワメント、世界の多極化、中国の台頭、アフリカの人口爆発と食料問題、プライバシーと民主主義、宗教的アイデンティティーと都市化の問題……と、バロウズは世界情勢を文字通り多面的かつ多層的に論じる。

そんななかで触れた日本に関する分析で、バロウズは少子高齢化や女性の就労を取り巻く状況、そして安全保障問題について、驚くほど簡潔に、驚くほど的確な指摘をする。それを見ると、本書で指摘されている他の国や地域の状況も、CIAをはじめとするアメリカの政府機関が集めた、多種多様な情報に裏打ちされているに違いないと思わずにいられない。もちろん軍事から文化にいたる膨大な情報から、問題点を的確に見抜くバロウズの分析能力にも脱帽だ。

バロウズの淡々とした論調は、本書の魅力の一つだろう。本人は、「CIA勤務が長いから、なんでもついあら探しをしてしまう」と語っているが、バロウズの論調には妙に批判的だったり、悲観的だったりするところはない。もしかすると、それゆえに、本書を単調で退屈だと感じる読者もおられるかもしれない。

しかし大げさな表現を使ったり、個人的な批判を混ぜたりしていないからこそ、バロウズの指摘する地殻変動は真実味を持って私たちに迫ってくる。職場の自動化がもたらす雇用への壊滅的影響しかり、人口動態が中東情勢にもたらす影響しかりだ。

本書の第3部は、いわば20年後の世界を描く短編小説集になっている。それまで淡々と論じられてきた未来のシナリオが、打って変わって具体的なシチュエーションのなかで描き出される。そのうちの一つの物語で、バロウズがシリコンバレーのテクノロジー企業について「利益を独り占めにしている」と明確に批判しているのは興味深い。

バロウズは2013年に国家情報会議(NIC)を辞めて、現在はワシントンにある超党派のシンクタンク、アトランティック・カウンシルに勤務している。戦略フォーサイト・イニシアチブ(SFI)という部門で、20年スパンのグローバル・トレンドを分析しているというから、今後もその鋭い世界分析を定期的に発表してくれそうだ。