その友だちは、名前を真実(まみ)といった。同じ学年だったが、クラスが一緒になったことはなかった。だから、顔くらいは見知っていても、話したことはなかった。
 それでも二人は、すぐに仲良くなった。仲良くなったというより、夢が真実を大好きになったのだ。
 好きになった理由はいくつかある。
 そもそも夢は、真実の走っている姿が好きだった。真実は、背はそれほど高くなかったが、手足がすらりと長く、ほっそりとした体つきをしていた。夢は密かに、真実のことを「子鹿のようだ」と思っていた。ほっそりとした体つきで校庭を走るその姿は、まるで子鹿が草原を駆けていくようだった。
 真実はまた、頭も良かった。勉強もできたのだが、面白いものやことをいくつも知っていた。それで、いろいろなことを夢に教えてくれた。
 その中で、陸上部を辞めた理由も教えてくれた。彼女は、「陸上部の情緒的なあり方につき合っていられないから辞めた」のだそうだ。「指導者の気分次第で物事が決まっていくのがイヤ」だったそうである。
「私はもっと、正しくないとイヤなの」と真実は言った。「もっとこう、規律正しく、公平で、首尾一貫性がある──そういうアプローチを踏んでいきたい」
 夢はこのとき、真実が何を言っているのか、実際のところはよく分かっていなかった。ただ、そう話すときの真実の顔はとても魅力的で、ぐっと魅入られた。
 真実は、目鼻立ちの整った、くっきりとした顔をしていた。夢は、自分の顔を「ぼんやりしている」と思っていたから、真実の顔は憧れだった。それも、夢が真実を好きになった理由の一つだった。
 しかし何より好きになった理由は、真実が自分に「居場所」を与えてくれたことだ。夢も目標もなく、ただぼんやりと過ごしていた毎日に、張りと楽しみとを与えてくれた。
 もっというと、学校に来るきっかけを与えてくれた。それまでの夢は、学校には来たり来なかったりだった。不登校といってもよかった。
 それが、真実と友だちになってから毎日来るようになった。学校に来て真実に会い、一緒に過ごした。真実の話を聞いたり、教えてもらった遊びを一緒にしたりした。授業は相変わらず面白くなかったが、それだけで学校に来る意味があった。
 そうするうちに、やがて中学を卒業する日が近づいてきた。そこで、夢にはある不安が湧き上がった。それは、高校に上がることで、真実と離ればなれになってしまうのではないか──というものだ。
 真実は成績が良かったので、いい高校に行くことが予想された。しかし夢は、残念ながら成績があまり良くなく、いい高校には行けそうになかった。そのため、真実がいい高校に行ってしまえば離ればなれになることは確実だった。
 ところがそこで、真実が思ってもみなかったことを言い出した。夢でも受かるような、偏差値の低い私立高へ行くというのだ。
 周囲の人たちは、それを不思議がった。反対する者も少なからずいた。もっと偏差値の高い、例えば都立高に行くべきだと。真実なら、この付近では一番偏差値の高い、都立程久保(ほどくぼ)高校への入学もけっして夢ではなかった。
 しかし彼女は、頑としてそれを受けつけなかった。そうして、早々にその学校への入学を決めてしまった。
 夢もそのことを不思議がった。なぜ真実がその高校へ行くのか、分からなかった。
 初めは、「自分に気を遣ってくれているのかもしれない」と思った。彼女も、自分と一緒にいたいからその高校に行くと言い出したのか──と。
 しかし、その考えはすぐに打ち消した。真実には一面にドライなところがあって、友人と一緒にいたいからという理由で行く高校を決めるような性格ではなかった。
 だから、そこには何か別の理由があるはずだった。しかし夢は、その理由を聞けなかった。聞くと、それが影響して関係が微妙になるのが怖かった。また、それがきっかけで気を変えられ、やっぱり他の高校へ行くと言い出されても困ると思った。そのため、素知らぬ振りをし続けた。
 しかしおかげで、夢は高校でも真実と一緒になることができた。夢も、その高校──私立浅川学園に入学できたからだ。
 そうして四月、夢は浅川学園に進学し、再び真実と一緒の学園生活を送り始めた。
 始まってすぐは、中学からの延長で、特に代わり映えのしない、夢や目標のない日々が続いていた。
 しかしそれは、すぐに打ち破られることとなる。きっかけは一冊の本だった。
 ある日、夢は一冊の本を拾ったのだ。(つづく)

(第2回は12月3日公開予定です)