橘玲の日々刻々 2015年11月24日

中国がデタラメな歴史認識を強弁する理由
[橘玲の日々刻々]

 日本が提案した国連での「核全廃をめざす被爆地訪問決議」は156カ国の圧倒的多数で採択されましたが、核保有国である米英仏は棄権、中国、ロシア、北朝鮮が反対しました。なかでも中国は突出していて、傅聡軍縮大使は日本がヒロシマ・ナガサキの悲劇を「歴史をゆがめる道具」として利用し、「日本の侵略で中国だけで3500万人が犠牲になった。その大半は日本軍の国際法に反する化学・生物兵器の大規模使用の犠牲者だ」と批判しました。中国はほかでも同様の主張を行なっていますから、「南京大虐殺」の犠牲者30万人説に加え、これが今後、中国共産党の「正史」になっていくことは間違いないでしょう。

 日本陸軍が「731部隊」のような研究機関を使って細菌兵器を開発したり、中国戦線でその効果を検証していたことは戦史に記載がありますが、(幸いなことに)試験段階で敗戦を迎えたため、日本国内ではリベラルな歴史家ですら化学・生物兵器の大量使用を否定しています。日本の侵略と国共内戦、軍閥の抗争によって中国で多くの死者が出たのは事実ですが、その多くは餓死・病死で、「数千万人が日本軍の化学兵器で殺された」というのは荒唐無稽というほかありません。「南京大虐殺」の世界記憶遺産への登録もそうですが、国連の場で他国を声高に批判する以上、中国は歴史家の検証に耐える証拠を提出すべきです。

 しかしここではすこし頭を冷やして、中国がなぜこのような“デタラメ”を言い立てるのか、その理由を考えてみましょう。

 第二次世界大戦の人類史的悲劇として誰もが思い浮かべるのは、アウシュヴィッツとヒロシマです。アウシュヴィッツはホロコーストというナチスの「加害」の歴史遺産ですが、ヒロシマは核兵器による一般市民の無差別殺戮という「被害」の記録で、これによって戦後日本人は、心理的に、自らの「加害」と「被害」を相殺しました。これがドイツのリベラルな知識人が日本の歴史認識に批判的な理由で、戦後処理で近代ドイツ発祥の地である旧プロイセン領を失い、1000万人を超えるドイツ人が追放されたにもかかわらず、自分たちは「加害」の悪役を永遠に担わされ、同じ敗戦国の日本がいつのまにか「被害」の側に回っていることが許しがたいのでしょう。

 これは中国も同じで、大陸への侵略という「加害」と、太平洋戦争の敗北という「被害」を、日本人の都合で勝手に相殺することが認められるはずはありません。ここまでは納得できる主張ですが、問題はその手段として共産党に都合のいい歴史を捏造し、ナショナリズムを刺激していたずらに対立を煽ることでしょう。ただしそのことで、日本軍の「加害」の歴史的事実が免責されるわけではないのもたしかです。

 今年は戦後70年で、安倍談話をめぐる騒ぎもあって多くのメディアが戦争特集を組みましたが、そのほとんどは「(日本人)被害者」を登場させて、「あの悲劇を繰り返すな」と訴えるものでした。

 戦争のほんとうの恐ろしさは、「無辜の民」が犠牲になること以上に、ごくふつうの市民が平然と“隣人”を殺すようになることです。このグロテスクな「加害」のリアリズムから目をそらせ、「被害」の側からのみ歴史を語るなら、どの国であれ、悲劇をふたたび招きよせることになるでしょう。

『週刊プレイボーイ』2015年11月16日発売号に掲載

 

橘 玲(たちばな あきら)

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、歴史問題、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ最新刊『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。●橘玲『世の中の仕組みと人生のデザインを毎週木曜日に配信中!(20日間無料体験中) 


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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