Peachはなぜ香港資本を
受け入れたのか

Peach Aviation 代表取締役CEO
井上慎一
1958年生まれ。早稲田大学法学部卒業後、三菱重工業を経て、1990年全日本空輸に入社。人事部、営業本部等を経て、2004年に北京支店総務ディレクター、2010年にはLCC共同事業準備室室長に就任。2011年、日本発の本格LCCとしてPeach Aviationを創設、代表取締役に就任。「日本とアジアのかけ橋となる」をミッションに、Peachは観光立国をめざす日本の重要な交通インフラとなっている。

 インバウンドを一時のバブルに終わらせず、観光をエレクトロニクスや自動車に代わる新たな輸出産業に育てるためには何が必要なのだろう。その1つとして、海外からの旅行者を大量に日本に送り込むことでインバウンドの盛り上がりに貢献しているPeachの井上慎一CEOは、「多様性を内に取り込む必要性」を挙げる。

 文化も習慣も消費行動も違う外国人のニーズを汲み取るのに、日本人だけで考えていたのでは限界がある。国内LCC唯一の勝ち組とされるPeachは、最初からそう考えて設立された。ANA傘下のイメージが強いが、筆頭株主ではあるものの出資比率は38.67%にとどまる。残りは香港のファンド、ファーストイースタン・インベストメント・グループ(FE)と日本の政府系ファンド、産業革新機構が持つ。

 その理由を井上CEOは、「失敗しているLCCの多くはフルサービスキャリア(FSC)の子会社。FSCと同じことをやっていては勝てないので自主独立路線を選んだが、もう1つ、香港のナレッジを取り入れることも重要な目的だった」と説明する。

 ホテル事業も手がけるFEから、主要ターゲットの1つである中国、台湾などからの旅行客のニーズを学びとる狙いだ。そのかいあって、韓国、香港、台湾の順に就航した国際線では、約6割を外国人客が占めている。

 路線によっては乗客のほとんどを外国人が占める便もある。「たまたま乗った韓国・仁川(インチョン)発、沖縄行きの便では、全180席のうち日本人は私と営業部長と広報部長の3人だけで、あとは全員外国人客だったこともあった」ほどだ。

 年齢層や利用の目的もFSCとは大きく異なる。ビジネスパーソンや何カ月も前から休暇をとって旅行を計画する中高年層はFSCと比べて少ない。多いのは20歳代から30歳代の若者で、全体の5割を占めている。「将来にわたって利用していただけるお客様」をしっかり抱え込んでいる。

「電車モデル」が新規需要を生んだ

 いつでもだれでも気軽に飛行機が利用できる「空飛ぶ電車」モデルを掲げるPeachでは、予約やチェックインにかかる手間や時間をぎりぎりまで減らしている。しかし、アジアからの利用客や若者にとって魅力的なのは、やはり何といっても価格だろう。FSCと比べて、国際線は3分の1から4分の1程度、国内線は2分の1から3分の1程度という低価格を実現している。

 その手軽さがちょっとした思いつきで行く観光旅行や帰省といった、新たな需要を掘り起こしている。髪を切りに沖縄のヘアサロンに通うおしゃれな台北女子や、花の盛りに合わせて和歌山の桃畑に足を運ぶ台湾や香港のリピーターなど、旅行代理店を通さずに頻繁に利用する顧客も多い。

 日本からの海外旅行客も負けてはいない。Peachが拠点とする関西国際空港では、ソウルや台北に弾丸日帰り旅行を決行する元気な女性たちの姿が目立つ。関西―ソウル便の往復料金は日にちによっては1万5000円を切るが、彼女たちが現地に落とすお金は10万円を超すというデータもある。簡単に家を空けられない主婦などにとっては、宿泊費がかからない分を買い物や食事、エステなどに回せる日帰り旅行は一石二鳥なのだ。

 エア代の節約で旅先での可処分所得が増えるおかげで、就航先の地域がにわかに活気づくケースも多い。Peachも搭乗券に大丸松坂屋で使える500円分のクーポンをプリントしたり、地域の飲食店とタイアップして搭乗者限定メニューを飲食店で提供したりするなど、利用者が街を楽しみながら回遊する仕組みづくりにアイデアを絞る。

 ふるさと納税を利用した就航先の自治体の活性化にも取り組んでいる。寄付金額に応じて航空券の購入などに利用できる「ピーチポイントギフト」などをもらえる仕組みで、従来は本社のある大阪府泉佐野市だけだったのを、今年は北海道、長崎、宮崎、鹿児島、沖縄の計8つの自治体に連携を拡大した。

「Peachが飛ぶと街が変わるというムーブメントが確かに起きている」と手応えをにじませる井上CEOだが、それを物語るデータもある。関西大学大学院の宮本勝浩名誉教授によれば、2014年にLCCを利用して関西空港に訪れた外国人は約133万人で、経済波及効果は関西地域だけで1884億円に上る。