発言に体重がかかっていない、あるいはペラペラしゃべる口先だけの人間を侮蔑するという共通感覚をもっているのである。たとえば竹中平蔵であり、橋下徹。京セラの稲盛和夫の説教臭さも完膚なきまでに指弾した。

 それを収録した『ベストセラー炎上』(平凡社)の「おわりに」に西部はこう記している。

「この両名、批判相手の著名度には意を払いません。たとえば、つまらぬこと限りなしと批判するしかない類の有名人の書物に対しては、トンデモナイ、クダラン、バカヤロウと、広言しないまでも、万已むを得ず公言してしまうのです。ただし、語気高くバカヤロウと怒鳴るわけではありません。この2人、自分も莫迦かもしれないとわきまえているものですから、発音に気をつけて、バ~カ~ヤ~ロ~ウと、できるだけ急がずに、できるだけ平らかに、発声するのです。そうすることによって生じる心の余裕を利用して、ユーモア(諧謔)の気味を(バカヤロウという嫌な言葉に)盛り込もうという心づもりなのでしょう」

 また、西部は『西部邁と佐高信の快著快読』(光文社)の「あとがき」では、私が、「何の顔ばせあって、保守を自称して憚らない西部なんかと仲良く対談を続けるのか」と追及されることが少なくなかったのではないか、と心配している。西部にも、「左翼の佐高と談笑の絶えない語りをすることができるのは、西部が元左翼過激派としての痕跡を持ち長らえているからだ」という噂話が届くこと頻りだったからである。しかし、2人共、悪罵には慣れていた。

 それで、西部が、「保守を自称する連中には馬鹿が多くて困りますわ」と言うと、私が「左翼でいることに満悦している者にも莫迦がわんさかいるよ」と返して笑っていたのである。

 たしか、田中角栄を論じていた時、西部が自分も吃りだったと告白したので、私も中学になっても寝小便することがあったと言ったら、それをテレビで観ていた西部の兄が、幼時、1つの布団に寝ていた弟に自分の寝小便を押しつけたことがあったと懺悔したという。ほぼ60年後に明らかになった秘話で、西部と一緒に笑い合ったのが忘れられない。