「コペルニクス的!」逆転の発想で
生まれた新たな価値観

〈もっと言ってしまえば、マニュアルが素晴らしければ、マニュアル人間のほうがいいと私は思っています。マニュアル人間、というのは悪口として言われることが多いようですが、それは人間が悪いのではない。マニュアルが悪いのです〉

 「コペルニクス的!」と形容したくなるような逆転の発想だ。

 著者が考えるマニュアルや作業手順書は、単に業務のプロセスを列記するようなものではない。手順を細かく分解することはもちろんのこと、関係者を明確にし、次のプロセスに進んでいいかどうかの「判断基準」までも決めておく。

 たしかにそこまで磨きのかかったマニュアルであれば、意思決定も大幅にスピードアップするに違いない。

 さらに著者によれば、クリエイティブな仕事でも、そのプロセスを洗い出してみると、「おおよそ八割方は以前と共通したプロセスを繰り返している」という。評者なりに解釈すれば、真にクリエイティブな二割の作業に集中するためにも、形式化できるプロセスはとことんマニュアル化していく必要があるということだろう。

 評者が最も面白かったのは、著者が「自工程完結」の素になるアイデアを着想したきっかけを綴った部分。それは、近所の八百屋の親父の姿だったという。

〈その八百屋の親父は、やたらとモチベーションが高いのです。元気がいいし、楽しそうに仕事をしている。しかも三〇年来、昇進・昇格はなくずーっと八百屋の親父。では、仕事が何か特別なものだったりするのかといえば、まったくそんなことはないわけです。毎日、野菜を仕入れて売るだけ。同じことの繰り返しです〉

 それなのに、なぜ楽しそうに働くのか。「それは、自分の仕事の良し悪しが目の前のお客さまの態度でわかり、その期待に応えられていることを実感できるからではないか」と著者は推測している。

 日本を代表する企業で全社的に展開している業務改善の発端が、八百屋の親父の働きっぷりだったことにクスリとさせられたが、ここには「自工程完結」の思想が余すことなく詰め込まれている。すなわち、「自工程完結」とは単に効率改善を目指すものではなく、自分の仕事に誇りを持ち、喜びを感じることができるための取り組みでもあるということだ。

 折しも、2015年9月中間連結決算で過去最高の営業利益を記録したトヨタ。しかし本書には、「現場の強みだけでは勝負ができなくなってきた」という著者の深い危機感が表明されている。

 日本企業の将来は、ホワイトカラーの再生にかかっている。著者と同じ危機感を抱く人たちならば、本書から多くの刺激を受けるに違いない。

斎藤哲也(さいとう・てつや)
1971年生まれ。編集者・ライター。東京大学哲学科卒業。ベストセラーとなった『哲学用語図鑑』(田中正人・プレジデント社)や『現代思想入門』(仲正昌樹ほか・PHP)などを編集。『おとなの教養』(池上彰・NHK出版新書)、『知の読書術』(佐藤優・集英社インターナショナル)『世界はこのままイスラーム化するのか』(島田裕巳×中田考、幻冬舎)ほか多数の本の取材・構成を手がける。著書・共著に『読解評論文キーワード』(筑摩書房)、『使える新書』(WAVE出版)など。TBSラジオ「文化系トークラジオ Life」出演中。