これまで(第67回~第71回)、厚生年金の収支のシミュレーション計算を行い、2030年頃までには財政破綻するとの結論を導いた。

 ところで、これまで行なった計算では、簡単化のために、給付費と基礎年金拠出金は財政検証の値をそのまま用いた。しかし、この扱いは、つぎの2つの点で、現実の制度とは若干乖離している。

 第1に、公的年金制度には「物価スライド」の制度があり、物価が上昇すれば年金額を引き上げ、物価が下がれば年金額を引き下げることとされている。財政検証の基本ケースでは、物価上昇率1%が仮定されているため、年金額が物価スライドして増加することとされているはずである。したがって、1%より低い物価上昇率を想定すれば、既裁定年金の給付額は財政検証の値より減少する。

 第2に、新規裁定される年金額は、その時点までの賃金上昇率に依存する。財政検証の基本ケースでは、賃金上昇率2.5%が仮定されているため、新規裁定年金額がそれに応じて増加することとされているはずである。したがって、2.5%より低い賃金上昇率を想定すれば、新規裁定年金額は財政検証の値より減少する。

 また、これまでに行なったシミュレーションでは、国庫負担金も財政検証の値をそのまま用いた。しかし、国庫負担金は基礎年金の半額とされているので、給付額が変動すれば、国庫負担金もそれに応じて変動することとなる。したがって、物価上昇率や賃金上昇率が財政検証で仮定された値より低い値になれば、給付額や国庫負担も、財政検証で示されている値よりは小さくなるはずなのである。以下では、この点を考慮したシミュレーションを行なうこととしよう。

賃金と物価に関する調整計数

 保険料(あるいはその元となる標準報酬総額)や給付費は、つぎの2つの要因によって変動する。

 第1は、加入者数や受給者数の変動である。以下ではこれを、「量的要因」と呼ぶことにしよう。

 第2は、1人当たり標準報酬額や1人当たり受給額である。これらは、賃金や物価によって変動する。これらを「価格要因」と呼ぶことにしよう。

 財政検証においては、この2つの要因が共に考慮されている。ただし、「価格要因」として、賃金上昇率2.5%、物価上昇率1%という、日本の実情に比べると非現実的に高い値が想定されている。

 ここで行なうシミュレーション計算の目的は、量的要因については財政検証のとおりとし、価格要因に関して財政検証とは異なる想定を置いた場合の収支状況を知ることだ。

 この目的のために、下記によって定義される「調整計数」を用いることとする。

t年次の調整係数=(1+r1)(1+r2)…(1+r)/(1+s1)(1+s2)…(1+s

 ここで、rはt年次における当該変数のシミュレーションにおける伸び率であり、sはt年次における当該変数の財政検証における伸び率である。