旺盛な成長意欲を持つ中堅・中小企業のオーナーたちがいま何よりも渇望しているのは、自社の成長への道筋をはっきりと描くことだろう。その答えを探る「未来をつくるイノベーション」シリーズ第3回は、ASEAN市場進出に欠かせないマクロとミクロの戦略を2人のスペシャリストに聞いた。

巨大経済圏の誕生

 日本企業は1970年代から、安価で豊富な労働力を求めて、タイ、インドネシア、マレーシアなどに進出してきた。そのASEANが、大きな可能性を持つ消費市場として世界の注目を集めている。この12月にはAEC(ASEAN経済共同体)が発足し、人口6億人、GDP2.5兆ドルを超す巨大経済圏が新たに生まれた。

日本経済研究センター 主任研究員
牛山隆一
慶應義塾大学経済学部卒、日本経済新聞社入社。シンガポール駐在記者、ハノイ支局長、シンガポール支局長などを経て2011年から現職。2008年青山学院大学国際政治経済学研究科修了。共著書に、『ベトナムの対外関係』『現代ASEAN経済論』、編著書に『図解でわかる ざっくりASEAN』『ASEAN経済統合の実態』など。

 国内需要が縮小する日本企業が成長を維持するには、拡大するASEANの内需を取り込むことは重要なタスクである。欧米企業より地理的に近く、戦後はおおむね良好な関係を築いてきたことも、日本企業には有利に働く。

 だが、現実には苦戦が目立つ。象徴的な事例の1つが、インドネシア・ジャワ島の高速鉄道建設で中国と受注を争った末に敗れた件だろう。中国が資金力に物を言わせてインドネシアの財政負担をゼロにする破格の条件でもぎ取ったと報道されたが、日本の技術力に対する過信が情報収集の努力を怠らせたことも敗因の一つとされる。

 日本経済新聞の記者としてシンガポールやハノイに駐在し、現在は日本経済研究センターで主に東南アジアの経済分析を担当する牛山隆一主任研究員は、「断片的な情報を見聞きしてASEANを理解したつもりでいれば、企業レベルでも同じ轍を踏むことになりかねない」と警鐘を鳴らす。

 知っているようで知らないASEAN市場の実体。そこでの競争を制するため、日本企業が採るべき戦略はいかなるものなのだろう。

 まずは日本からのASEAN投資の実態を整理しておこう。

 製造業に今後3年程度に展開を検討している国を聞いた調査では、トップ10のうち5つを、またトップ20では9つをASEAN加盟国が占める。投資額で見ても、ASEAN全体では2011年以降、中国を大きく引き離している。国別では、タイ、インドネシア、シンガポールの順に多い。

 牛山氏は、投資対象としてのASEANの魅力を次のように挙げる。

「第1は、拡大を続ける経済規模です。ASEANを1つの国とみなすと人口6億人超は世界3位、名目GDPでは世界7位、対内直接投資は1位に相当します。天然資源が豊富なことで知られていますが、フェイスブックの利用者数が世界2位、携帯電話の契約者数と航空機の発着回数がいずれも世界3位という数字を見れば、さまざまなビジネスの可能性が高いことがわかります」。

 伸びしろも十分だ。人口を年齢順に並べたときに真ん中にあたる中位年齢は28.8歳ととにかく若い。日本の46.5歳、EUの41.7歳と比べるとその差は歴然だ。消費需要、労働力ともに成長余地が大きいことが、外国からの投資を引き寄せる要因となっている。

 特に近年注目されているのが、新・新興国の存在だ。90年代後半以降にASEANに加わったカンボジア、ラオス、ミャンマーの3カ国は、それぞれの頭文字をとってCLMと呼ばれる。

 CLMのあるインドシナ・メコン地域はかつて、巨大なメコン川によって分断されていた。しかし2015年4月、メコン川にかかるネアックルン橋が開通し、インドシナ半島を縦断する南部経済回廊が完成。これで、横断する東西経済回廊、バンコクからプノンペンを通ってホーチミンまで伸びる南部経済回廊からなる、3つの経済回廊が整備されたことになる。

 牛山氏は「もともとあった低廉な労働力に加えて、連結性が一気に改善されて道路などのインフラ整備が進んだことにより、進出を決める日本企業が増えている」とCLMの可能性を高く評価する。