橘玲の日々刻々 2015年12月17日

「世界を変える人材」をどう採用し、成果を出すのか?
[橘玲の日々刻々]2015年の読書録より『WORK RULES!』『ALLIANCE』の紹介

 今年も年末になったので(1年がどんどん早くなる!)、面白かった本をいくつか紹介したい。今回はラズロ・ボックの『WORK RULES!(ワーク・ルールズ!)』(東洋経済新報社)で、「君の生き方とリーダーシップを変える」との副題がついている。著者はグーグル人事担当上級副社長で、グーグルの独特な採用・人事制度を、この会社らしく大胆に公開する本だ。――さあ、みんなぼくたちと同じことをして世界を変えよう!

アメリカには「サラリーマン」という職業はない

 話の前段として、アメリカと日本の働き方のちがいについて説明しておこう。

 よくいわれるように、アメリカには「サラリーマン」という職業はない。かつては「オーガニゼーション・マン(組織人)」という言葉があったが、いまではすっかり死語になってしまった。

 その代わり、アメリカの会社ではスペシャリスト(専門職)とバックオフィス(一般事務)が厳密に分けられている。

 バックオフィスの仕事は同一労働同一賃金の時間給で、年功序列もないから、20代でも50代でも仕事と役職が同じなら給料も同じだ。それに対してスペシャリストは、企業内弁護士・会計士を考えればわかりやすいが、「会社の屋号を借りた自営業者」みたいなものだ。当然、評価は徹底した成果主義で、利益をあげれば青天井の報酬が支払われる一方で、会社が要求する水準に達しなければたちまちクビだ。しかしこれは、自営業者に雇用の保障がないことを考えれば当たり前の話だろう。

 アメリカの経済格差は、ウォール街の金融機関やシリコンバレーのテクノロジー企業などに所属する一部のスペシャリストが高額の成果報酬を手にする一方で、バックオフィスの賃金が上がらないことによる(数百億円のボーナスを受け取るグローバル企業のCEOもマネジメントのスペシャリストだ)。

 それに対して日本の会社は、「正社員」という枠でスペシャリストと(上級)バックオフィスをごっちゃにし、それとは別に「非正規社員」という(下級)バックオフィスを抱えている。

 こうした人事制度の問題は、上級バックオフィス(正社員)と下級バックオフィス(非正規社員)の仕事がほとんど変わらないにもかかわらず、待遇の差がきわめて大きいことだ。下級バックオフィスは同一労働同一賃金で、雇用の保障もまったくない(雇用主は自由に雇い止めにできる)。それに対して上級バックオフィスは正社員として終身雇用を保障され、給与も年功序列で、労働組合の強い大企業では解雇は事実上不可能だ。これは「現代の身分差別」以外のなにものでもなく、日本政府(厚労省)はILOなどから「差別」と指摘されるのを嫌って非正規社員をなんとか減らそうとしているが、現実にはその比率は増えていくばかりだ。

 もうひとつの問題は、スペシャリストと(上級)バックオフィスという異なる職種を「正社員」という枠でいっしょにしてしまっているために、成果主義がまったく機能しないことだ。

 サラリーマンは自分のことをスペシャリスト=会社内自営業者などとは思っていないから、「成果」で評価されることに強い抵抗がある。どれだけ利益を上げてもボーナスが多少増える程度なら、リスクを冒すより無難な選択をする方が合理的だ。ほんとうに実力のある社員はさっさと独立するか、外資系に転職するだろう。

 その結果、日本人の働き方はものすごく非効率になって、労働生産性(労働者1人あたりの付加価値)で見ればアメリカの11万5613ドル(約1400万円)に対して日本は7万3270ドル(約880万円)と6割程度しかない(2013年)。日本人の労働生産性はOECD34カ国中22位、先進7カ国のなかではこのところずっと最下位だ。日本人が貧しくなっていくのは、日本の会社制度がグローバルな経済環境に適応できなくなって、労働生産性がどんどん下がっているからだ。

 もちろん日本政府もこのことには気づいていて、この10年あまり労働市場改革が手を変え品を変えて提案されているが、大手企業の労働者と公務員の既得権の壁によってすべて叩きつぶされている。その結果、日本人の労働観はグローバルスタンダードからかけ離れたものになってしまった。

 グーグルのいう採用・育成は、日本の会社のような新卒一括採用の「正社員」に対するものではない(そもそも日本以外では、新卒一括採用は年齢差別として違法だ)。『ワー・ルールズ!』でも、バックオフィスの従業員のことはまったく触れられていない。グーグラーはグーグルの正社員のことではなく、グーグルというプロジェクトに参加したスペシャリストの集団のことなのだ。

 ここを押さえておかないと、この本でなにが書かれているのかまったく理解できないだろう。

「世界を変える」人材とは?

 グーグルのミッションが、「世界じゅうの情報を整理し、世界じゅうの人々がアクセスできて使えるようにする」ことだというのはよく知られている。人事担当責任者としてのラズロ・ボックに課せられた仕事は、このミッションを実現するために世界じゅうから最高の人材を集め、彼らのイノベーションによって世界を変えていくことだ。

 創業者のラリー・ペイジはこう語っている。

 「あなたが世界を変えようとしているのなら、重要なことをしているのです。朝、あなたはわくわくしながら目を覚ますでしょう。有意義でインパクトのあるプロジェクトに携わりたいと願っているはずです。それこそ、実は世界に足りないものです。グーグルにはまだそうしたものがあると思います」

 グーグルが「もっとも働きたい会社」ランキング上位の常連になっているのは、給料が高かったり、全社員に株式が与えられたり、福利厚生が充実していたり、美味しい社員食堂があったり、会社のなかをジャグリングしながら一輪車で走り回ったりできるからだけではない。グーグラーになれば、自分が「世界を変えている」という実感を持つことができる。この「内発的動機づけ」こそが、グーグルの魅力の核心だ。

 では、「世界を変える」人材とはどういうひとたちだろうか。それは「創業者」だと、ボックはいう。決められた仕事を日々、黙々とこなすような人材も組織には必要だが、それはバックオフィスとして別のカテゴリーに入っている。スペシャリストにグーグルが求めているのは、ビジネスに革新をもたらし、組織に新しい文化をつくり、ひとびとに夢と希望と驚きを与えられるような、そんな成果をあげるひとたちなのだ。

 じつはこれはグーグルだけではなく、シリコンバレーに共通する人材観でもある。ペイパル創業メンバーの一人で、ビジネスパーソンに特化したSNS「リンクトイン」の創業者でもあるリード・ホフマンの『ALLIANCE アライアンス――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』(ダイヤモンド社)でも、会社は生活の糧を得るための場所ではなく、起業家=創業者のネットワーク(アライアンス)をつくるツールだとされている。

 シリコンバレー型の雇用形態では、会社は社員に終身雇用を約束するのではなく、一人ひとりの社員が会社とあいだでコミットメント期間を設定して、それを卒業すれば次のステップに移っていく。「創業者」型の人材は、会社を辞めても別のところで成功するだろうから、彼らとの人間関係(アライアンス)が新たなビジネスを生み出していく。グーグルが求めているのも、こうした「コミットメントによって自己実現していく人材」だ。

 これはきわめて競争が激しく、ストレスの大きい働き方に思えるが(そして実際そうだろうが)、グーグラーの満足度と士気はきわめて高い。この「評判」があるからこそ、世界じゅうから入社希望者が殺到するのだ。

 それでは、グーグルは「最高の人材」をどのように採用しているのだろうか。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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