本当の「ウソ」とはなにか、
を追究する姿勢を

 私はその子のお母さんに、遠くにいる姑さんを訪問するようすすめました。
 お母さんはその子に姑さんの写真を見せ、いろいろ話をしてやりました。それをどのように受け止めたのでしょうか。

 その子は、友達に「ぼくもおばあちゃんがいるもん」と何度も言ってうれしそうでした。前の創作のおばあちゃんは消えていったのです。

 あるとき、「ママにウソをついた」と強く叱られ、外へ放り出されて泣いている女の子がいたので、私はお母さんに「どんなウソをついたの?」と聞きました。

 よその家にあがりこんで、おやつをさんざん食べ、そのことを母親に伝えなかったのを、何日か経って相手の人から聞かされたので、恥ずかしさから娘を叱ったのだそうです。それも「ウソ」という言葉を使って。

この女の子は、「ウソ」をついたのでしょうか。

「ウソは泥棒の始まり」というイヤなことわざがあります。お母さんは自分の好まないわが子の言動に、「ウソをついたらダメ」と気軽に「ウソ」という言葉を使います。

 でも、本当の「ウソ」とはなにか、を考えないで、「ウソ」の言葉で叱っているのは、お母さんのほうなのです。