ストレスを感じているプロセスを洗い出す

 膨大な情報と格闘する仕事、しかもミスのできない仕事ですから、もともとこの業務の担当者は大きなストレスを受けていました。社内の三つの部門が自分たちに都合よく作った、似たような仕様情報から、間違いのないよう置き換えをしなければいけない。

 置き換えが正しくできているかどうか、元の仕様情報と、自分たちが置き換えた情報とを照合していく作業は、目視で行われていました。これを半日かけて、最大で一五〇〇件も行わなければなりませんでした。本当につらい作業だったようです。

 それだけにミスが起きたことは、担当者に衝撃を与えました。問題が発生したプロセスを特定し、誰がどのような業務を行い、どのようなチェックが行われ、どこでミスが起きたのか、明らかにしました。

 一生懸命やっていたのに、なぜこんなことが起きてしまったのか。ほかの作業は大丈夫か。こんな思いのまま仕事をするのはつらい、と感じたと言います。

 そしてミスが起きたことをきっかけに、この業務を「自工程完結」の考え方を取り入れて見直してみる、ということが始まりました。不安をなくし、自信を持って仕事を進めるためにも、業務を標準化し、改善を進め、仕事の質を高めていくことを考えたのです。

 まずは、現状把握から始まりました。取り組みを進めたのが、担当者がどんなところにストレスを感じているのか、洗い出していくことでした。トヨタでは、「神経を使うような作業」について、「気遣い作業」という表現をします。やりたくない、面倒くさい、この仕事自体が不安……。そういった気遣い作業を、個々人がそれぞれの仕事の工程ごとに書き出していったのです。

 そして個々人で次の三点を評価していくことにしました。

 ・目的理解度
 ・やりにくい作業や面倒な作業はないか
 ・工程ごとの必要なものは明確か(各手順を実施するために必要なものは明確か)

 これを洗い出した二〇の業務プロセスごとに、「◎:まったく問題なし」「○:ほぼ問題なし」「△:ちょっと不安あり」の三つで評価していきました。課題があるプロセスを、「見える化」していったのです。

 その結果、二〇の業務プロセスのうち、どこで「やりにくい作業や面倒な作業」があるのか、「工程ごとの必要なものは明確か」がわかっていったのです。

 そして、なぜ「気遣い作業」になっているのか、要因の解析が行われました。やらなくてよかった仕事は、やはりしなくてよかった例えば、「完検証マスタ」を作成するために、お客さまが選択した仕様情報を前工程にあたる国内商品部から入手していましたが、そこで担当者がどんな「気遣い作業」をしていたのかが明らかになりました。

「完検証マスタ」作成のために必要な営業担当者名が書かれていなかったり、仕様が変更されたときに何を参照すればよいのかが書かれていなかったりすると、担当者がすべて自力で調べていたのです。そこに時間も手間もかかっていました。

 そこで、チーム内で相談して、必要な情報を明確化したうえで前工程の部署に情報の必要性を説明し、記載してもらうことにしました。

 実は前工程では、品質保証部が自分たちのデータをもとに、そんな仕事をしていたということを知りませんでした。営業担当者の名前を書いたり、変更点を書くことはたいした手間ではなかったと言います。

 また、先にも書いた半日一五〇〇件の目視による照合は、担当者に漫然とした作業を強いていました。「本当に嫌になる」「投げ出したくなっていた」という声もあったようでした。作業に納得がいかず、やる気が起きない、本当につらい、という状況を作っていた。

 なぜかといえば、実はここでほとんどデータに違いがあることはなかったからです。そもそも、どうしてこの目視での照合が行われているのかといえば、かつて前工程のデータ作成でコンピュータのバグが発生し、データに間違いがあったからでした。しかし、そのバグはすでに解決されていたのです。

 照合をやめたらどうなるのか、チームで内容を検討しました。そして前工程にデータの作成方法を確認したところ、今は当時のシステムが改善され、過去のような不具合は発生しないとわかりました。ただ、まったく照合しないという選択にはせず、約一五〇〇件から抜き取った最低限の約一〇〇分の一の確認で済ませることができるようになりました。精神的な負担を解消するだけでなく、工数も削減することができました。

 この取り組みをきっかけに、「作業手順書(伝承シート)」が整備されました。日々の業務では、このシートを確認しながら作業し、何か気づいたことはメモに残されるようになりました。そしてチームで毎週、確認会を実施、情報共有、対応の検討のうえ、「作業手順書」が改定されていくというサイクルが繰り返されています。

「◎:まったく問題なし」「○:ほぼ問題なし」「△:ちょっと不安あり」の三つで評価された業務プロセスは、その多くが改善されるに至っています。それにより担当者は、自信を持って意思決定しながら仕事が進められるようになりました。