私たちは常に経済成長を追い求める。成長戦略を政権に要求する。だが、経済成長とは何だろうか。果たして、どれほど人々の幸福に結びつくのか。斉藤誠・一橋大学大学院教授は新著『競争の作法――いかに働き、投資するか』(ちくま新書)で、「戦後最長の景気回復」を検証し、経済成長の欺瞞をあぶり出した。

―日本社会は豊かであるが、それが人々の幸福には結びついていない。あるいは、日本の豊かさは捏造されたものだ、と本書で執拗に指摘している。

 日本は中国に抜かれたとしても、GDPは世界第3位の経済大国で、非常に豊かな社会であるはずだ。それなのに、幸福感に乏しい。生活の充実感が何かしら欠如している。そうした欠落感を多くの人が抱えている。それはなぜか。

 マクロ経済学の観点から、豊かさ=生産、幸福=消費に置き換えてみると、生産が増えても、消費が一向に増えないことがわかる。日本社会は生産、つまりGDPの増大を重視する。そして、そのGDPの伸びが輸出や設備投資に主導されていると評価する傾向が強い。ところが、私たちの消費生活は生産増に伴って充実しているわけではない。その現実に気がつくべきだ。

―GDPの伸びを経済成長と呼ぶ。つまり、経済成長しても幸福になれないということか。

 そうだ。それが、日本の真実だ。その矛盾は戦後日本に一貫するものだが、とりわけ2002年から07年にかけて戦後最長の景気回復を果たしたといわれる期間に、一気に現れた。

 この5年間の実質GDPは505兆円から561兆円へ額にして56兆円、率にして11.1%増加した。だが、実質家計消費は291兆円から310兆円へ額にして19兆円、率にして6.5%しか拡大しなかった。なぜなら、就業者数はたった82万人、1.3%しか増加しなかった。実質雇用者報酬の伸びも2.6%に止まった。そして、民間勤労者が受け取る現金給与の実質総額にいたっては、1%以上低下したからだ。これで、消費が伸びるわけがない。

 こうした不自然な景気回復は、いずれ終焉を迎える。事実、株価や金融市場では2007年から不自然さを調整する動きが徐々にだが、現れていた。その後、私たちは2008年9月にリーマンショックに遭遇し、大騒ぎをすることになるが、リーマンショックは調整の最終局面で最後の一押しをしただけだ。

 ちなみに、リーマンショックで実質GDPは9%弱減少したが、就業者数の減少は1%弱、実質雇用者報酬の低下率も約2%に過ぎなかった。これを見ても、GDPの増減=豊かさが家計消費=幸福に結びついていないことが分かる。