社名は「上野和裁」という。

 創業は1910年(明治43年)、和服を仕立てて100年になる老舗だ。店に入ると、正面左手に飾った、見事な花嫁衣装が目に飛び込んでくる。

「それは、妻が嫁入りする時に自分で縫ったんです」

 4代目の上野洋さん(46)が、照れくさそうに説明する。

 上野さんの妻も、両親も、弟夫婦も和裁士だ。父親の敏男さんは「現代の名工」で、上野さん自身も、全国和裁技術コンクールで金賞を受賞している。家族全員が和裁士という家は、「希少種」と言っていい。

 そんな老舗に生まれた上野さんがこの店を開いたのは、2003年のことだった。

「とにかく、お客さんの顔が見えるところへ出て行かなくちゃ、と思ったんです。キモノを買っても、採寸するのは小売の人です。我々縫う人間には、寸法を書いた伝票が回ってくるだけで、どんな人が着るのかはわからない。数字だけを見て縫っていても、これでいいのだろうか、と思うことが多かったんです」

 キモノは、身長、裄、腰回りの3つの寸法を基準にする。身丈や袖幅、身幅などの細かい部分は、そこから割り出して決めることが多い。だが、同じ身長でも、人によって体格には違いがある。太っている・痩せているもあるし、手の長い・短いもある。 

 そうした細かな体格の違いを、着付け方だけで調整しようとしてきたのが、これまでのキモノの世界だった。

「たとえば、細くて手の長い人に対しては、裄を少し短くとる。そうすることで、前がだぶつくのを防げる。胴回りが苦しいという人には、ウエストではなく、腰でひもを結べるよう、身丈を調節する。お客さんに直接会って話ができれば、もっといろいろアドバイスできるのに、と思っていました」

 看板を出しても、最初の2年間は閑古鳥が鳴いていた。わざわざ仕立てだけを頼む習慣がないのだから、しかたがない。

 そのうちに、「ホームページを見ました」と、お客さんがやって来るようになった。