橘玲の日々刻々 2016年3月28日

「保育園落ちた日本死ね」問題の解決には
「正社員」中心の身分差別の解消が不可欠
[橘玲の日々刻々]

 子育てをしたのはだいぶ前のことですが、ゼロ歳のときから共働きで、月~金のうち2日は私が保育園に迎えにいくことになっていました。当時、居住地の公立の保育園は9時から5時までで、前後に1時間延長が認められていました(編集部註:30年近く前のことなので保育時間が現在とは異なります。また自治体によって対応は異なります)。朝9時に子どもを預けると、5時に迎えにいくためには4時過ぎに会社を出なくてはなりません。これでは正社員の勤務は無理なので、子どもが小学校に上がるまではフリーランスで働いていました。

 日本では共働きでも夫が正社員、妻がパートがほとんどで、その保育園では父親が迎えに来るのは私だけでした。「保育園落ちた日本死ね」のブログをきっかけに政治家や識者がいろんなことをいってますが、違和感があるのは、このひとたちのほとんどが保育園を利用した経験がないからでしょう。

 待機児童の解消が重要なのは当然ですが、保育園の数を増やしただけでは問題は解決しません。当時、いちばん困ったのは子どもが頻繁に発熱することでした。ほとんどは些細なことですが、保育園では園児の健康に責任がもてないので、37度5分を超えると親に連絡して引き取ってもらうことになっていました。この「お迎えコール」はきわめて厳格で、仕事が忙しいから早引けできない、というのは許されません。私はポケベルをつけて(当時はまだ携帯がなかったのです)、それが鳴ると5分以内に折り返し電話をかけ、「子どもが熱を出したので帰ります」といって駅まで走りました。こうした事情はいまでも変わっていないでしょう。

 子どもが小学校にあがると学童保育で預かってもらいましたが、そこで感じたのは、日本の社会では専業主婦が“正常”で、「共働きは特別な事情がある家庭」と扱われていたことです。すでに欧米では共働きが常識になり、専業主婦は「障がいなどの理由で働けないひと」と思われていたのに。

 会社も同じで、正社員を長時間拘束することで仕事が成り立っているため、午後4時になると「保育園に子どもを迎えにいきます」と帰ってしまう人間を「正規のメンバー」にすることはできません。私の場合は珍しがられていただけですが、女性の場合、この同調圧力ははるかに強いものがあるはずです。

 安倍政権は「女性が輝く社会」を掲げていますが、そのためにはまず「正社員+専業主婦」という日本社会の根本構造を変えなくてはなりません。フルタイム(正社員)とパートタイム(非正規)で異なる待遇は、国際社会では「身分差別」として禁止されています。オランダなどでは労働者がライフステージに合わせて勤務形態を選ぶことができ、パートタイムも「正社員」と扱われます。これなら堂々と4時に退社できるし、子育てが一段落すればフルタイムに戻ればいいだけです(早引けするときは自宅作業にすればいいでしょう)。働き方の仕組みを変えるだけで、共働き家庭の状況は劇的に改善するのです。

 待機児童問題の背後には、正社員中心の日本社会の差別的な構造があります。しかし「保育園を増やせ」と叫んで安倍政権を批判するひとたちも、その大半は家事・育児を専業主婦に丸投げしてきた中高年の男性で、自分たちの既得権を手放す気はありません。立派なことをいう前に、まずは子どもを保育園に預け、送り迎えをやったみたらどうでしょう。


『週刊プレイボーイ』2016年3月22日発売号に掲載


<橘 玲(たちばな あきら)>

 作家。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。「新世紀の資本論」と評された『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ベストセラーに。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(以上ダイヤモンド社)などがある。
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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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