昨年11月1日にインサイダー取引や株価操作などの疑いで逮捕された徐翔は、「私募債のドン」、または「謎の相場師」とも呼ばれた人物だ。

 逮捕されて以降、ほとんど何の情報もなかったが、今年3月末に『ニューヨーク・タイムズ』が「徐翔の栄枯盛衰」と題する大特集を組んだことで、中国で再び注目を集めている。徐を通して見えてくるのは、中国の株式市場の特異性である。

祖母の100歳誕生祝いを襲った突然の逮捕情報

 昨年11月1日、日曜日、徐翔は浙江省寧波市の質素な自宅で、祖母の100歳の誕生日を家族ぐるみで祝おうと、静かにパーティーの準備をしていた。

 寧波のような田舎出身者の場合、大学に進学しなければまず出世できないというのが世間の見方だ。ところが徐は、親の意思に反して大学受験もせず、高校を出ると3万元(約51万円、1元=約17円)を元手に株式市場に没頭した。1990年代の終わりごろには、すでに個人資産が40億円にのぼるまでに成功し、以来、中国の株式市場を疾走してきた。

“謎の相場師”逮捕から見える中国株式市場の特異性徐翔はマスコミの取材を一切受けなかった。そのため、皮肉にも逮捕時の手錠姿が、唯一の正面を向いた顔写真として広まる結果となった

 毎朝8時45分に事務所に出て、翌朝2時までいるという生活が常だっただけに、故郷で祖母、両親と一緒になると過ごす日々は非常に落ち着く。祖母の誕生日祝いに合わせて、数日前から寧波の自宅に戻り、すっかりリラックスしていた。

 10時30分、そんな安らぎの時を携帯電話の着信音が破った。警察が徐を逮捕に来るという、内通の電話だった。

 徐はすぐに家を出て、車で国道15号線高速道路に乗り、上海に向けてひたすら疾走した。300億元(約5100億円)もの資産を自由に操る億万長者の徐翔だが、普通の中国のニューリッチと違い、日常生活の中ではほとんど自分で車を運転する。

 ただ、日頃は情報収集を怠ることのない徐だが、逃げるのであれば中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」を確認すべきだっただろう。内通電話があったすぐ後、10時33分に、微博には寧波交通警察から次のようなそっけないインフォメーションが投稿されていたのだ。

「交通量規制のため、国道15号線高速道路の杭州湾海上大橋の全ての出入り口を閉鎖した」

 警察がすでに道路封鎖していることを、徐は知らなかった。海上大橋までやって来たところ、警察は彼の車を止め、中から引きずり出すと、高速道路沿いの高速警察施設に連行した。

 同夜、ネット上に1枚の写真が流された。アルマーニの白いコート、グレイのワイシャツを身につけ、縁なしメガネを掛け、黒髪はボサボサであるが、髭をきれいに剃った、まるまるとした徐の顔がそこにあった。そして、両手には手錠がかけられていた。